代弁って勇気がいるよねっていう話です。

日本のみなさん、未曾有の台風、被災された方も多くやるせない気持ちですが、奮起して前に進んでいただけるよう、寄付くらいしかできませんが遠いウィーンで応援しています。こういう自然災害のニュースを一年に何度も耳にしては両親に連絡をする、の繰り返しですが、何かあっても今すぐには、何もできない場所に自分がいることに度々情けないような、そんな気持ちになります。ウィーンに住んで以来、まだ一度も深刻な自然災害を経験したことはなく、そのくせ自然災害や原発や原爆を我が物顔で議論しているヨーロピアンに若干イラっとするし、自分がその一部になるのは実はもっと辛いのは秘密です。私には「自然災害」ではなく「自然災害の先の人の感情」までが一セットの事象なのですが、それは自分にも経験があるからなのか、はたまた議論の上での私にフラットさが欠けているのか。どちらにせよ、他人事みたいには話せないわけで、でも経験のない人にそんな話しても暖簾に腕押しだということは百も承知。そんなわけで、そういう匂いのする講義はもう取らないことにしました。教授に出席を求められても、苦笑いで、スルー。ウィーンで鍛えられる謎のスルースキル。笑

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3年目のウィーン。


 3年目に突入しました。通常運転でセメスターがスタート、と言いたいところですが、周りはただいまヨーロッパ各地にプロジェクトのため離散していて、なんとも静かに冬セメスターはスタートしました。それでも新しいアカデミックイヤーの始まりでもあるので、入学してきたフレッシュな顔ぶれでちょっと華やかでもあります。

 

2年前の今日は最初の1週間が終わって、お米を食べて、という日だったようです。

 

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 覚えています、とっても鮮明に。全然美味しくない中華のファーストフードみたいなお店で、食べ切れなさそうな、8ユーロもするご飯をかきこみました。それでもなんだか、あたたかいお米だから美味しい気がして、ちょっとホッとしたのを思い出します。もう、あれ以来、あの観光通りには行っていません。

3年後の私は、友達の卒業制作の最終リハーサルのためにアトリエへ行き、お昼はその子と、日曜日でもやっている中華屋さんで餃子を食べました。2年前と違うのは、もうそこは馴染みのお店で、5ユーロで、お腹いっぱい美味しい餃子が食べれること。私たちの生活圏にある、いつものお店で、毎日会う友達と、会話がなくてものんびり食べれること。お腹を抱えてアトリエに戻り、自分の作業をしていたら、教授とコピー機の前で会って「日曜日なのに」とお互いに言い合いながら、彼女がぎゅっとハグしてくれる。

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満月か確認しちゃう。

今日はもうジェットコースターな1日でした。とっても疲れた。

 

朝、いつもの牛丼美容院へ。名前も覚えてくれて、客認定された私には、もはやここはパラダイス。マダムは相変わらずにこやかで、優しい。日韓関係がこんなに冷え切っているのに、私のウィーンの韓国は常夏パラダイスです。当たり前ですが、個人間で問題などあるわけもなく、もちろん個人的にも韓国人のお友達もたくさんいるし、文化も好きですし、何よりご飯が大好きです!ぞうさんはもっと好きです、と同じ音頭ですいません。

 

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 この時は1年後も通っているとは思わなかったなぁ。

 

そんな感じで滑り出しは良かったのですが、アトリエについてからがKatastrope.

 

なぜかわたしは、来月の頭にある、卒業制作でのパフォーマンスに任命されてしまったのですが、肝心の本人はここ1ヶ月、迷走、混迷、Depression。自分が何をしたいのか、何がコンセプトで、どうしてこういうことになっているのかが、さっぱり分からなくなった挙句に先週から旦那さんとの離婚話がいよいよ本格化しそうとダブルパンチで、もはやコミュニケーションが難しいくらい落ち込んでいました。そして八つ当たりされる、わたし。oh arm。

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カオスな私とママとパパ、そしてママとパパ。

同じ試験を、先に受けていた友達が筆記試験を無事パスしました!ぱんぱかぱーん!

苦労がわかる分、自分のことのように嬉しい。そんな話を週の頭に別の友達づてに聞きました。というのも、その友人宅(3人のルームシェアで、全員私たちのお友達のドイツ人)に3日間こもって、苦手分野のライティング合宿を敢行したという話題からでした。私もライティングには苦労しているので、単純に「それはとっても助かったと思うよ〜優しいなぁ〜」なんて相槌を打っていたら「じゃあkikiもやろうよ!面倒見るぜ!任せろ!」となるドイツ語ネイティブな友達。

 

いやいや、そんな申し訳ない!と一度は遠慮したものの「背に腹はかえられないでしょ(ドイツ語からの超意訳)」という彼女の提案に甘えに甘えて、今日朝からその友人宅にノコノコとお邪魔してきました。

 

美味しい朝食からスタートだ!と張り切って用意してくれた朝食を囲んで、天気のいい土曜日のスタート。そしてお腹を満たしたら、まずは私がここ最近まで練習で書いていた文章の添削スタート!

 

かつてないほど、めっちゃわかりやすい説明に脱帽。

昨日まで試験対策コースにも通っていましたが、その説明よりはるかにクリア。びっくり。それを素直に伝えたら「語学学校は詰め込みすぎだ」とのことでした。どうしてかわからないのですが、総じて語学学校やその先生は生徒が試験に極端に対応した勉強をすることを嫌がる人が多いです。多分語学試験の結果がポジティブ=実生活の語学能力も高い、という方程式を否定しているからだと思います。が、私の経験上、語学試験の勉強は短期間で能力をあげるにはもってこいだし、ちゃんと口頭試験もあるので無駄じゃないと思う…まぁ試験勉強以外でその言語に触れなかったら、確かに実生活の能力は上がらないけれど、それは語学試験の勉強をしたから、という理由ではないと思う。ただベーシックな知識無くして、試験のフェーズには進めないし、ここウィーンではB2ぐらいだと在住歴の長い口は達者な受験者と比較されるので、日常での常用性が垣間見えたほうがいいというのも、もちろんあります。需要と供給って難しい。

 

まぁ、話はそれたのですが。

私の語学能力を日常で知り尽くしている彼女のアドバイスは私の身の丈に合っていて、それはそれは「そういうことか〜その文章構造なら私もかける!」と。救世主現る、を身をもって実感。感動。しまいには、前回書いていた、語学試験におけるテーマに対する意見が出てこない問題すら解決してくれました。魔法のセンテンス、これを書けばどんなテーマもイチコロだ!を編み出した彼女に、あなたは語学テスト攻略のプロで賞を贈呈したい次第です。私の前に別の友達の面倒を見た彼らは、それはもうライティング試験のポイントを熟知していたし、合格という立証も勝ち得たので、スムーズにぐんぐんと私のカオスなライティングが整理されていきました。

 

私たちのそんな昼下がりを聞きつけた、先の合格した彼も家にやってきて。お昼までご馳走になり、頭もパンパンだったので帰宅することに。帰り際、この救世主の彼女も、いつも仲良くしている三年生、四年生、五年生…と軒並み上の世代が次のセメスターには参加しないので、急に寂しさに襲われてそんなことをぼろっと口に出してしました。おんぶに抱っこに、とにかく彼らの優しさとポジティブさに救われて学生生活を送ってきたので…。すると「僕はウィーンにいるし、いつでもうちでご飯を食べよう」と慰められました。22歳に慰められる、34歳。新しいパパだな、と笑ったら、そうだよ、と笑い返してくれました。

 

いつも手いっぱいの悩みでカオスな私を、両手いっぱいで抱きしめてくれる自称パパとママ、そしてママとパパ。不安になったらいつでもメールするんだよ!と手をぎゅっと握られて帰路につきました。

 

帰り道にベルリンで仕事中の友達からメッセージが。

wir leben dich und vermissen dich. bis bald, deine Wiener Familie.

 

久しぶりに、そしてここにきて何十回目、嬉しくて涙が出ました。

ウィーンはもう秋です。

口頭試験の勉強が難しい理由がちょっと斜めなんだけど聞いてください。

どんどん時間が流れて、気がつけばもう次のセメスターの予定が大学から送られてきました。3年目、もう、という気持ちと、やっと、という気持ちがシーソーしている。

とりあえず、ドイツ語の試験に受かるという目下の目標を達成して、気持ちよく新しいセメスターに挑みたいところです。最後の追い込み中。

 

ドイツ語の試験はもちろん口頭試験もあります。

試験で話さなければならないテーマは割と決まっていて、最近は大学の友達が練習に付き合ってくれています。が、しかし。このテーマが私たちには曲者で、友達も「たとえ母国語でも何話せばいいかわからないよ」と言っていました。同感です。

 

スポーツとか、結婚とキャリアとか、メディアとか。

普通のことを普通に話せばいいのでしょうが、もう十年ほどテレビのない生活をしているし、そもそも、「普通は」と定義されたメディア、とりわけテレビ番組には興味が湧かないのです。というわけで、たわいもない会話というのがこんなにハードルが高いのか…と嘆いているし、同じ理由で語学学校でのカンバセーションを盛り上げることもできません。申し訳ない。

 

テレビが総じて好きではない理由の最たるものがジェンダーに対する意識の低さと多様性の欠落感、というのもあります。50代、60代のおじさま方が「今の時代には合わないかもしれないけれど、私たちの時は」と前置きすれば、旧時代的な価値観を公共の電波で、「古き良き日本」的に表現できてしまうのが、見ていて「日本ってこういうところマジで戦前だよ」と思ってしまいます。さらに驚くのが、女性が「そういう男性の考え理解できます、だって私気立てのいい女ですから」的に同調しているのがさらに、おっおぉ…となります。すごいな、おいっていうのが私の正直な感想です。

 

大好きな日本ですが、ジェンダーに対する価値観は衝撃的に遅れているので、いますぐなんとかしたほうがいいと心から思うし、超個人的にも私が日本人の男性に恋しづらい(逆も然り。笑)理由の筆頭でもあるので、どうか、お願いします。そして何より、私が日本に帰ると「気の強い人」設定されるのもこのせいだと勝手に思っているので。人に責任を押し付けてる感あるようで、ここまで女性の生き方に差を感じると、切実です。ちなみにLGBTに対する「イロモノにしていい、笑っていい、ネタにしていい」というのも旧石器時代みたいなので、反省してほしいとすら思ってしまう。

 

私の周りには異性が恋愛対象ではない人が沢山いるけれど、どうしてそういう場合にのみ、男が好きなのか、女が好きなのかを聞かれたり言ったりしないといけないんだろうね?異性が好きな人がわざわざ言わないのであれば、それは同等に扱われるべきだし…という話を最近も友達としていました。簡単に言えばゲイだからって「私は男が好き」って言わなければいけない理由も、ズケズケと聞いていい理由もないよねって話です。

 

 

日本の(女性の)皆さん、耐えすぎだよ。

と、時々遠いウィーンの地で、御門違いに労っています。

 

意見を言える女性を「気の強い女性」

自立して生きている人を「結婚できない人」

真面目に新しい価値観を生み出そうとしている人を「意識高い系の変わり者」

 

そしてそのテレビを作っている身内社会の持つヒエラルキーを公然の秘密的に視聴者と共有しているところも、私には深い謎です。テレビを見ている人は不思議と知っているわけですね、誰が偉くて、誰がパワーを持っているのかを。年配の、成功した人を立て、そして若者は忖度している姿を「社会人のあるべき姿」的に表現しているのは、だから実社会でもパワハラがなくならないんじゃないか、とすら思うわけで…。

 

というわけで、私がこういうテーマを与えられると、こういう方向に話がいってしまうのですが、もちろん「ドイツ語試験」の場においては、論点がずれてしまうわけです。

 

語学の勉強難しい。

もう1日も早く、語学学校も、この保守派の回し者みたいなテキストともお別れしたいです。…頑張ります。

 

昨日までの、私のチープサマー。

帰省からウィーンに戻った友達に「全然日焼けしてないじゃん!夏だよ!」と言われて、これでも腕とか焼けたけど…と返してみたら「それヴェネチアで焼けただけでしょ!」と、ぐうの音も出ませんでした。夏休みってなんだっけ?笑

 

相変わらず、ドイツ語の勉強と10月のパフォーマンスのリハーサル、バイト、という日々を送っています。確かにずっと室内に篭っています。

 

でも自分なりに夏を楽しんでいるつもりです。チープな夏を。

 

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チープなウィーンの夏、お気に入りのアイスサロンのキャラメルソルト味。

今年の夏から通い始めた、とってもオススメのアイスサロンSCHELATO。ウィーン市内に3箇所あります。特にこのキャラメルソルト味がオススメです。甘すぎず、柔らかい味わいでやみつき。甘かったか、ちょっとしょっぱかったか、なんだか印象もトロトロ、さじ加減が、うん。ここまで!を守っていて、何度も思い出しちゃう。そんな1スクープ、1,9ユーロ。一人でふらふらと食べたり、友達と散歩がてら食べに行ったり。何月まで食べれるかなぁ。シーズン終了で閉まる前にこのキャラメルソルト味をポーションで買うと決めています。ニヤニヤしちゃう。

 

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well-beingを幸福と訳せない一人称。

祝日、語学学校がない朝、とてものんびり。

ふと、ブログの下書きなるものを開いてびっくり。独り言すぎる内容が塵も積もれば山となっていました。つい最近の出来事と重なるような2月の下書きを見つけたので、公開してみます。ブログ内タイムトラベル。

 

 

 つい先週、友人から「将来のこと考えてる?」と聞かれて、心の底から、今のことしか考えてないなぁ〜と答えました。そういえば、ウィーンで勉強するようになってから将来のことを考えなくなりました。

 

それこそ、2年くらい前まで、自分の将来についてばかり考えていました。

将来について考えるのが趣味かのごとく、考えていました。

自己愛の塊かなと心配になるくらいには、自分の人生について考えていました。

 

何がしたいのかと言われると、作りたいものはあるけれど、それをどう形容すればいいかわからない。それがどうゆう職業なのかも、どこで、誰と、どうやって叶うのかもわからない。そんな、どうしたらいいかわからないことより、とりあえず生活しないといけない。仕事してお金稼がないといけない。いや、でも時間は有限、人生は短い!自分が考えないで、誰が私のことを真剣に考えてくれるんだ。誰もいないぞ!と30代を年表にして何が出来るか書き出してみたり。それを繰り返していました。字面にすると、ちょっとイタイ感じですが、社会に対する不思議や不満、とにかく人に話せないことをひたすら書き出していました。「私たち」と言う主語で話の大部分が推し進められていく中で、「私」の言葉を探していたのだと思います。

 

当時の自分を思い出した時にふと、どうして今の自分が将来のことを考えなくなったのかに思い当たりました。

 

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