甘えられない子どもに育ててごめんね。今すぐ親孝行がしたい。

結局、ビザの残高証明をまたどうするか問題。

 

いろいろ計算したが、家賃など諸々支払ってしまった後なので、ほんの数ユーロ足りない。ここが日本だったら、ちょっと日雇いのアルバイトでもすればいい。でもビザもない状態でちょっと働くこともできない。

 

なんだか恐ろしく落ち込んでしまったところに、母から連絡が来た。

 

使う予定もない金額を提示しなければいけないことと

そもそもその場で訴えるだけの語学力と余裕のない私

 

そんな私に、いいよいくら足りないの?と優しく問われて号泣してしまった。

 

 

32歳にもなって、親にお金を借りることになるなんて。

しかも別に実際は全く困っていない。ただ数字が書かれた紙が必要なだけなのに。

 

我が家は昔から潤沢な資金などとは無縁の家である。両親はとても働き者だし、今だって働いている。ただ若い頃に私たちをもち、育てていたので経済状況に余裕があることなんてあまりなかった。とはいえ、じゃあ高いから我慢しろ、とかその学校には行けない、なんて言われたこともない。それだけ両親が頑張ってくれていたのだと、今社会人を経てようやくわかるようなった。

 

母は私に経済的支援ができないことをいつも悔やんでいたように思う。

でも実際は多くの支援を受けていた、と私は記憶しているのですが。

 

「甘えられない子どもに育ててごめんね。こんなの、ちょっと足りないから借してって言えばいいだけのことなのに。しかも全然たいした金額じゃない。泣くようなことじゃないよ。どうしてそんなに考えすぎちゃうのよ。」と。

 

「もう32歳だよ。周りは子供を育てるような年齢なのに、私は自分のことも満足にできてない。奨学金の給付で準備万端だったはずなのに…どうして…。情けない。」

 

正直な気持ちです。今まで海外生活をするときに両親から経済的に支援を申し込んだことはありませんでした。自分の中で、なぜかそれだけは守らなければと思っていました。だって日本で専門学校まで行かせてもらった。実家にお世話になって、それで貯金をしていた時期もある。

 

なんて親不孝なんだろうと思ってしまった。

 

母に母たるもの、を諭されてしまった

「今は自分のことだから、そうやって遠慮したりできるけど、自分に子供ができたらそんなの関係ないんだよ。お金が必要ならどうにかする、考えたり遠慮したりしてられない、子供を守るためならなんでもするんだよ。そうやって生きてきたんだから。私は困ったときにいつでも甘えてくれる、そういう風に育ててあげられなくてそれが情けないよ。お金は必要なところで使うもの!人と比べて、なんの意味もないことは一番よく知ってるじゃない!もう!」

 

私は徹底的に母に甘やかされてきたことを自覚しています。それは母は足りないと思っているかもしれないけれど、もちろん経済的にも、そしてそれ以上に精神的に。

 

残高の数字を提示したら、すぐに返金する。ということで今回助けてもらえることになった。母にはそのまま借りてていいよ、たいした額じゃないじゃない、と言われたが私の中ではそういう問題でもない。

 

どうしたらお金から解放されるのか。

 

それ以上に、いつになったら親孝行できるのか。

 

それでも、会話の最後に「シニア向けのヒップホップダンス教室を見つけた!通いたいな!」と私を笑わせた母。私はいつも自分のことばかりだけれど、諦めずに、母の力になれる強い人間になりたいと思う。

 

道は果てしない。