カオスな私とママとパパ、そしてママとパパ。

同じ試験を、先に受けていた友達が筆記試験を無事パスしました!ぱんぱかぱーん!

苦労がわかる分、自分のことのように嬉しい。そんな話を週の頭に別の友達づてに聞きました。というのも、その友人宅(3人のルームシェアで、全員私たちのお友達のドイツ人)に3日間こもって、苦手分野のライティング合宿を敢行したという話題からでした。私もライティングには苦労しているので、単純に「それはとっても助かったと思うよ〜優しいなぁ〜」なんて相槌を打っていたら「じゃあkikiもやろうよ!面倒見るぜ!任せろ!」となるドイツ語ネイティブな友達。

 

いやいや、そんな申し訳ない!と一度は遠慮したものの「背に腹はかえられないでしょ(ドイツ語からの超意訳)」という彼女の提案に甘えに甘えて、今日朝からその友人宅にノコノコとお邪魔してきました。

 

美味しい朝食からスタートだ!と張り切って用意してくれた朝食を囲んで、天気のいい土曜日のスタート。そしてお腹を満たしたら、まずは私がここ最近まで練習で書いていた文章の添削スタート!

 

かつてないほど、めっちゃわかりやすい説明に脱帽。

昨日まで試験対策コースにも通っていましたが、その説明よりはるかにクリア。びっくり。それを素直に伝えたら「語学学校は詰め込みすぎだ」とのことでした。どうしてかわからないのですが、総じて語学学校やその先生は生徒が試験に極端に対応した勉強をすることを嫌がる人が多いです。多分語学試験の結果がポジティブ=実生活の語学能力も高い、という方程式を否定しているからだと思います。が、私の経験上、語学試験の勉強は短期間で能力をあげるにはもってこいだし、ちゃんと口頭試験もあるので無駄じゃないと思う…まぁ試験勉強以外でその言語に触れなかったら、確かに実生活の能力は上がらないけれど、それは語学試験の勉強をしたから、という理由ではないと思う。ただベーシックな知識無くして、試験のフェーズには進めないし、ここウィーンではB2ぐらいだと在住歴の長い口は達者な受験者と比較されるので、日常での常用性が垣間見えたほうがいいというのも、もちろんあります。需要と供給って難しい。

 

まぁ、話はそれたのですが。

私の語学能力を日常で知り尽くしている彼女のアドバイスは私の身の丈に合っていて、それはそれは「そういうことか〜その文章構造なら私もかける!」と。救世主現る、を身をもって実感。感動。しまいには、前回書いていた、語学試験におけるテーマに対する意見が出てこない問題すら解決してくれました。魔法のセンテンス、これを書けばどんなテーマもイチコロだ!を編み出した彼女に、あなたは語学テスト攻略のプロで賞を贈呈したい次第です。私の前に別の友達の面倒を見た彼らは、それはもうライティング試験のポイントを熟知していたし、合格という立証も勝ち得たので、スムーズにぐんぐんと私のカオスなライティングが整理されていきました。

 

私たちのそんな昼下がりを聞きつけた、先の合格した彼も家にやってきて。お昼までご馳走になり、頭もパンパンだったので帰宅することに。帰り際、この救世主の彼女も、いつも仲良くしている三年生、四年生、五年生…と軒並み上の世代が次のセメスターには参加しないので、急に寂しさに襲われてそんなことをぼろっと口に出してしました。おんぶに抱っこに、とにかく彼らの優しさとポジティブさに救われて学生生活を送ってきたので…。すると「僕はウィーンにいるし、いつでもうちでご飯を食べよう」と慰められました。22歳に慰められる、34歳。新しいパパだな、と笑ったら、そうだよ、と笑い返してくれました。

 

いつも手いっぱいの悩みでカオスな私を、両手いっぱいで抱きしめてくれる自称パパとママ、そしてママとパパ。不安になったらいつでもメールするんだよ!と手をぎゅっと握られて帰路につきました。

 

帰り道にベルリンで仕事中の友達からメッセージが。

wir leben dich und vermissen dich. bis bald, deine Wiener Familie.

 

久しぶりに、そしてここにきて何十回目、嬉しくて涙が出ました。

ウィーンはもう秋です。