夏の終わりの2週間。

8月も、あと数日で終わる。夏が過ぎるのは早いですね。

何度か下書きをしては、書いて、書き直してを繰り返したので、いつも以上に長いし、読みづらいと思います。暇で暇で仕方ない方、よろしければどうぞ…。備忘録です。

 

なんだかライトな素敵な話題を振りまきたいのですが、私はと言いますと 

先週からインターンが本格的に第二フェーズに入っていて、てんやわんやです。

 

昨年の夏から先週まで、細切れでリサーチ段階を手伝っていたオペラですが、あっという間に1年が過ぎ、リハーサルも目前です。それに先立って、この2週間は衣装に使う生地の発注を一通り済ませて、最初のフィッティッングが組まれていました。ウィーンの劇場はお金持ちです…目が飛び出そうな値段の生地でもイメージに合うものなら、どうぞ、どうぞと発注し放題…。こういうところでクオリティに多大な差が生まれるのだろうか…まぁレパートリー制だから、未来永劫長きにわたって使用されることを考えたら高くもないのかもしれませんが…。さすが「人類の遺産となり得るレパートリーを作ろう」なドイツ語圏。数百種類のサンプルとにらめっこしながら密かに、そなことを考えていました…。

 

 

 

残念ながら、私はPCR検査が間に合わなくて、最初のフィッティングに参加できませんでした。 

 

そう、コロナ対策で板の上に立つ人に接触する場合は、その前にPCR検査を毎回受けなくてはいけません。リハーサルが始まったら、定期的に受けることになりそうです。もちろん費用は劇場もちで、幸いと言ってはおかしいが、国立劇場なので、次のシーズンはお金はあるらしい。おぉ〜厳しいねぇと思われるかもしれないが、私の友達が夏に参加していたプロジェクトでは、毎日、そう、毎日検査を受けなければならなかったとのこと。延期になっているが、とにかく劇場を開けようと言う気迫から、一度は解雇されかけた友人たちも、現在はプロジェクトに呼び戻されてウィーンから離れています。でもそんな具合に、普通の人では考えられないペースで検査を受けているので、直近の検査も陰性だったよ〜と言う不思議な会話が飛び交っています。正直、その時点で陰性なだけで、何がどう安全なのかと言われれば、無自覚症状の人をキャッチしておこうと言うことでしょう。今のご時世、具合が悪いのに出歩く人はそうそういませんしね。

 

検査費用が血税で払われていることについては、いやぁ〜すいませんって感じですが、友達が「昨日ドナウインゼルでレイヴパーティーだった〜」とかぽろっと口が滑った時には「どうかじゃんじゃんテストして無自覚の人を野放しにしませんように…」って思ってしまいました。思っちゃいますよね。ちなみにこういうコッソリ警察も黙認するようなパーティーはそこらじゅうで開催されています。緩みに緩みまくっているので、できる限り人とは距離をとって生きていくしかない…彼らはもう若いので、なんという仕方ないかもしれないが…コロナは怖い…せめてインターンが終わるまでは絶対に感染したくない…。もうしてないとも言い切れないのが怖い…

 

そんな感じで、とんでもない温度差はあれども、劇場関連のお仕事の場ではとにかく出来ることを徹底して、大人たちが頑張っています。とにかく人が集まる場所で働く場合のニューノーマルであります。

 

話が逸れましたが、衣装合わせへの参加がなくなり、ひとまず今週の人と関わるミッションはこれにて終了。そんなわけで、10月までまたリサーチを投げられればそれを自宅やアトリエでコツコツやる感じ。昨日、劇場のアトリエからの帰り道に教授から、夕方彼女のアトリエで一杯どうかと誘われました。というのも、私も仲の良い、スタジオメンバーの韓国人の友達が次のセメスター韓国に戻ることになってしまったから。それを心配していた教授から彼女の番号を聞かれ、彼女も呼び出してのアフターファイブ。

 

普段あまり自分のことは話さない友人だけれど、最終的にはどんな事情で韓国に戻るのかを教授に話していて、もはやカミングアウト。家族ごとである。でも横で聞いていて、気持ちが楽になったんじゃないかと思うし、彼女が韓国にいる期間も事情を知っている教授が色々とコンタクトをとってくれると思う。それが今の彼女には本当に大事なことのように、第三者ながら思います。

 

教授は彼女に、もとい私たちに"als Tochter"の人生を強いられることへの見解を話してくれた。友人が「私が一人でウィーンで生活していることを家族からはエゴイスティックだと批判される」ということに対する彼女なりの意見。大前提に、その韓国人の友人に「あなたは才能があるのだから、どこかで自分の人生を生きるんだという覚悟を決めたほうがいい。私はあなたがエゴイステックだなんて全く思わないし、私自身は間違いなくエゴイステックだ」と。そして何が”Heimat”なのかと言う言葉がとても印象に残りました。誰かの言葉を引用してくれたのだけれど、その名前は失念してしまった。

 

「どこから来たのかではなくて、あなたがこれからどこへ向かうのか、その先に故郷というのはあるはずだ」

 

私も彼女も、自分たちのルーツを掘り下げられては、そこに回帰させられる場面が多い。私は意識的にやらざるおえない部分があり、自分でそこをえぐってもいるが、それでもそこにしか故郷がないと思ってきた。だから未来にあなたの故郷が存在するだなんて初めて言われて、驚いたと同時に、素直にそうだといいと思いたいし、そう思える勇気が、今の私たちには必要なのかもしれないなぁとも。

 

ワインが一本空になる頃に、香港の話に。教授が大事に手帳に挟んでいる、折り鶴を見せてくれました。昨年の9月に香港で行ったセミナーの参加者から最後に渡されたのだそう。そこには"Five demands, not one less"、五大要求が記されていて。参加者は皆、驚くほど率直でオープンでエモーショナルだった、そのことがひどく心に響いて、だから今の状況でも諦めずにつなぎとめたいと言う話でした。今の香港の状況ではなく、ただ距離がある場所に住む人たちが繋がる手段としてデジタルを活用して、将来誰かと誰かがプロジェクトをやることになったらそれがいいじゃないかと。理由付けを軽くすることで、前に踏み出すきっかけになるだろうと言うことなのかもしれません。

 

先に希望を託すのが私は一番苦手で、今だけ頑張ろうと思い続けて、でも時々ずっと頑張らないと生きていけない気がして落ち込みます。インターンにしたって、やっぱり言葉の脆弱さで落ち込むことばかりで、帰り道に一人で泣いたりする。泣いたってどうしようもないことはわかっているが、なんていうか自分が選んだ道がハードコアで、そんな道ばかり選んでしまう自分が嫌になります。

 

まぁ、そんな感じで飲みすぎて、次の約束に遅刻して、文字通り落ち込んだのだけれど。笑

 

これでまずは第二フェーズ終了。ドイツ語を勉強して、次のフェーズでは一人で落ち込んで帰り道に泣くことがないようにしたいです。未来に私の故郷があるのであれば、今の私がそれを左右するのかもしれないから、やっぱり落ち込んだり元気を出したりを繰り返しながら、やれることをやるしかない。

 

明日の電車でバーゼルへ移動するし、友達は韓国に帰っちゃうしということで、今朝は教授と彼女と他の先生と朝食を食べてきました。先生方が彼女に「家族も大事だけれど、自分の人生を生きなければいけない。あなたにはNOという権利がある。無理をしないでいつでもウィーンに帰ってきなさい」と力強く何度も話していたのが印象に残っています。彼女と帰り道に、アジア圏で、ましてやあの年代の人達でああいう風に言ってくれる人達は中々いないだろうという話をしました。彼女が家族と簡単に縁を切れないことぐらいみんな百も承知だし、本当にそこまでしないといけないなどと、誰も思ってないけれど、でもあんな風に「家族だろうがあなたが犠牲になることはない」と言ってくれると気持ちが楽になると思う。

 

他人にしか言えない言葉があるなぁと。

そして、最後の決断は自己責任な個人主義だからこそ、あんな風に強く助言できる。

どんなに素敵な人に囲まれていても、決断するのは自分。自分の人生を自分以上に愛してくれる人はいないのかもしれません。