前夜っぽい日記。

めちゃくちゃ、わたしを削っている。

こんな風にえぐってると、つくるたびに、こんな感じだと、寿命も長くないなと。

 

誰に言われるでもなく、積み重なる本の山と

書き溜めてしまうメモと

これがどうなるのか、自分が一番聞きたくなるオブジェクトと

 

それが、なんだか、わからないという人が私以上に増えないように

ちょっと言語に助けを求めたり

 

これをしていると、たぶん長く生きられないけど

君にしか話せないことだ、と誰とミーティングしても背中だけ押してくれる、

誰かに、そんなバカみたいなこともうやめとけって言われるの期待してるわけじゃないけど、言われたら、それはそれで、これを期にと思えるのかも。

でも、

とりあえず今は、好きでやっている以上に、卒業という通過儀礼を全うするため。

奨学金まで頂いたし

数えきれないほどの様々な方に助けていただいたし、いただいているし

エゴにまみれて日本を飛び出したあげく、

一向に帰ってこなくても娘としてまだ見守ってくれているし。

 

そんな大義名分を理由に、とりあえず今回は頑張らなければ。

ただ、なければ、がなくなったら、何をどうしようかと考えて。

 

最近思うのは、削っていくことを楽しいと思う、べきだ、と。

ある人が夢中になっていると、他人はそれの人は、それが好きだからで、楽しいからと描写するけれど

夢中というのは、もちろん好きで楽しいのかもしれないけれど、そこでしか息ができないという閉塞窒息感と隣り合わせで中々に怖いものだ。もしくは、室内犬が、フローリングの床であることを、どこかで理解していたとしても穴を掘ってしまう本能のような。夢中というのは一種の本能的トランス状態で、これはこれで、怖い。

たかが卒業制作で、こんな感じだとやっぱり不健康で

 

ルームメイトに、こんなこと続けてたら、友達を失いそうだよとこぼしたら、

それでもいい友達は残るよ、大丈夫と励まされた。

世界はそんなに、こんなぼんくらな私に優しいだろうかと、キウイを食べながらぼんやりと。ビタミンDって酸っぱいんだな。

 

話は戻って、夢中を他人が形容するように、

私もこういった状態を楽しむというマインドを手に入れるのが

この卒業制作中の裏テーマ。

 

それでも心が折れそうだった今夜はこんな言葉を本から拾って。

aufs Haar genau soviel mit der Welt zu tun wie die Zeitung: er berichtet von ihr, aber er stellt sie nicht dar; er vermehrt ihre Ereignisse um ein Ereignis, ihre Zusände um einen Zustand, ihre Menschen um mehrere Menschen- aber die Welt selber, das alte Objekt geht weiter, verdunkelt durche einem neuen Tatbestand, staat erleuchtet durch eine Vison.-Bernard von Brentano, Kapitalismus und schöne Lietratur, Berlin 1930

そっか、じゃあ、もう少し頑張らないとね、きっと誰かがやるけど、私も頑張ろう。

 

笑っちゃうのは、一度学生を終えて、社会に出て、学生生活の「しょせん感」を

知っているはずなのに、今が人生で一番の一大事感があることだ。36歳にもなって、と思うと情けないというより、不思議で笑ってしまう。

 

小学校の運動会の前日の緊張感とか

受験の前日の圧迫感とか

合格発表の前の最後の審判感とか

結局そういうものって、そこで一生懸命やれば、年齢なんて関係なく

これこそ人生の一大事、となるみたいです。今なら運動会前日の君と、心からその気持ちを分かち合えそうだよ。前夜って、歳を重ねてもあるもんなんだな。

 

あっ、まだ私の前夜まではあと1か月半ほどあります。

今はただの日曜日の夜。23時33分。

4度目のロックダウン、それならキウイを求めて。

4度目のロックダウンでPCR検査場が爆発中のようです、こんばんは。

 

日本のニュースでもやっているようで、大変じゃん!と日本からちらほらご心配いただいています。日本のニュースでは第一回目のようなインパクトで書かれていますが、規制のハードさは半々でしょうか。

 

とりあえず、飲食店のバイトをしていたので、また失業です。いつまで続くかわからないので、これについては明日、大学の奨学金に申し込みます。

 

大学からはPCRの陰性証明があれば8時-20時はアトリエで作業していいよと許可が出ています。ただし、広さに限らずなぜか一部屋8人までという謎のルールが発動していて困っています。うちのアトリエ、従来のソーシャルディスタンスルールだと98人まで大丈夫なんですが…どんな計算式なのか。ゆえにセオリーの授業はまたデジタルに戻り、フィジカルでしかできない授業は学生7人までという先生泣かせな状況に。何度授業することになるのか…お疲れ様ですとしか…。

 

周りから漏れ伝わるに、やむおえず出勤や通学をする必要がある場合は2G+でやりくりしている印象です。今回は学校も共働き家庭に配慮してとりあえずは開いています。子持ちの先生曰く、とはいえ、いつまで、どうやって通わせるかの先行きはさっぱりだそう。

 

ここまででお察しの通り、ワクチン普及前の、どこでも陰性証明が必要な状態にある意味戻りました。前は簡易検査も陰性証明として容認されていましたが、今はPCR一本やりなので、結果、街角のPCR検査場も列、自宅から投函するタイプもボックスが溢れています。

 

ルームメイトいわく、このPCR検査は一件ずつやっているわけではなくて、一度にどかんとやって、もし陽性がでたら、そのターンだけ一件ずつ再検査して、誰のが陽性か確認する方法らしく、感染者が過去最高をたたき出している現在は、膨大な仕事量だそうです。大学に設置されているPCRの提出ボックスを経由すると2日かかるが、家の近所のスーパーのボックスに出すとその日の17時には結果が出ます。そうなると、うちの近所は陽性者が少ないってことですか?もしくは、人気のないボックスに投函すれば結果が早く来るってこと?2日後に結果がきても、PCRは48時間以内のものが有効なので、もはや使えません。結果が出ないのでアトリエにも授業にも出れないという学生がわんさか。

このコロナ禍では、卒業までに何セメスターかかるのか、もう誰にもわからない。

 

そして困ったのが卒業制作。わたし、デジタルの作品じゃないんですけど、どうですかね。どうしようね。というわけで明日先生方とミーティングです。1月の頭にはロックダウンが明けてないと、お手上げです。いまだかつてそんな短いロックダウンなどなかったのです…希望は薄い。はぁ。

 

今日のオンラインの授業に出ていた他の専攻の学生も軒並み「また卒業制作延期になるわぁ…」と激萎えでした。わかるよ、わかる。i feel youだよ。コロナ禍から学生を始めた子たちは、開催されない必須単位のワークショップがあって、これはこれで双方辛い。

 

ワクチン義務化には倫理的に大いに反対の意がありますが、この生活を強いられるのもまた、辛い。ほかに何か手はないのでしょうかね。ニュース番組で保健相の方が、これしか出口戦略はない、正しい選択だと、下を向いて切々と語っておられました。とうとうネットの新聞を読むだけでは事足らず、ブロードキャストすら見るようになりました。それだけワクチン義務化はセンセーショナルなわけで。

 

ルームメイトはわたしよりも早く2回目を終えていたので、二人は今週3回目、一人は来月3回目。私は1月に3回目をうける予定です。正直、もうワクチンでどうにかなるのかとかいう議論に参加する体力がないので、色々な国から出ているデーターを信じて3回目を打とうかなという雰囲気です。でも1回目すら回ってきていない人がとんでもない数いて、これこそまさにbiopoliticsで不均等な世界…こんな感じで大事なことを決めていいのか、という気もしますが、4度もロックダウンを経験したらこうなる、というのはわがままでしょうね。ただ、身近な話で言うと、やっぱりワクチン接種しても感染するが、具合が悪くなっている人が周りにいません。まぁみんな若いので、打たなくても重症化しなかったかもしれないし、もうそれはわからない。とりあえず全員週に2-3回のPCR検査をすることや、人が家に来る場合は自分の部屋で会うということで話はまとまりました。所詮私が生きている世界はmake live and let dieのとんでもない世界線なんだよな…しゅん。

 

最初のロックダウンの時のほうが精神的にはもう少し、なんていうか他人事感がありました。正直、何が起きているか肌感が薄かったので、哲学者の話とか聞けてた。今は誰も悪くないが、このままだと誰かが悪者になる殺伐感と、そのリアリティが増していて、とても心配です。そういう意味では最初のロックダウンより、精神的にハードな感じがある4回目。

 

ここ2日間、他のルームメイト3名は全員ホームオフィスになって、とりあえずは朝夕とご飯をみんなで食べることで気を紛らわしています。太陽不足で、みんなお疲れなので、キウイをデザートに食べようという話になったわけです。ビタミンD。

 

そんなわけで、アトリエ帰りにキウイを求めてスーパーをはしごするというロックダウン中の新たなミッションで気持ちを明るく保ちたいところです。

キウイで乗り切れたら、そんな能天気なことないんだけれどもね。

 

ただひたすらカードを切っていく毎日。

ただひたすらカードを切っていく毎日のはずでした。

 

私生活においては、そうするしかない、という感じで多少納得がいかないことも、手持ちのカードから選ぶという方法を自立してから覚えました。

 

例えば、合わない元ルームメイトのわがままで、今いるサブレットでとても気の合うルームメイトが出ていかなければならないとなっても。気に食わないが、相手の権利を侵害するというカードを私も、他のルームメイトも持ち合わせていないので、受け入れる。

 

バイト先で、このひと仕事覚える気ないだろうなと思う人と働くことがあろうが、自分には人事をごちゃごちゃ言う責任も、また人の勤務態度にとやかく口を出す理由もさしてないので、ほっておいて自分の責任だけ果たすというカードを切る。

 

でも、どちらのカードも半々だと、どう使うのかわからない。

私は自分の作品を進めていくうえで、自分の当事者性や自己批判をどこまでサディズムと限りなく現実に近いフィクションの間、そのの交点を探して頭を悩ませて、沸騰、なかなか先に進まない。

昔トランプの中央に斜めに線が入っていて、上下で絵柄が鏡映しになっていたカードの、わたしとわたしのその絵柄が合わないようなカードしか手元にない感じ。

 

このセメスターで受けている非常に実のあるセミナーで、韓国社会が欧米圏で評価を受けた作品の中に潜むフェミニズムにおける問題やオリエンタリズムを暴くという趣旨のポスドクの学生の授業なのだけれど、本人は韓国人でここウィーンに居て、そして聞いている学生はほとんど欧米圏の出身で、すこしアフリカや私のような、公式に第三国扱いされる出身者が混じっている。アメリカ合衆国をアメリカと呼ばないで、U.Sアメリカときちんと区別してほしいと注文が出るくらいには、オリエンタリズムにおいては欧米の学生には耳が痛いセミナーのようで興味本位だった参加者は、そうそうに退散していった。

 

彼らはほとんどがファインアートの学生かクリティカルスタディの学生なのだけれど、私が普段いる劇場、パフォーマンスの学生とディスカッションへの入り方が違って面白い。彼らは、この講義を行っている韓国人の学生に「同情する」という意味での共感は寄せるが、他者性や当事者性については、内容を自分ごとに置き換えて発言を始めるのだ。もしくは自分が知っている欧米圏の作家を例にして。

 

この自分のカードにすり替えるうまさを見ていて、オリエンタリズムがネオオリエンタリズムとなって、そしていまだに、こんな狭い、シンボリックなスペースにおいても理解されないものかと、割と驚いています。

 

でも彼らにはそのカードしかないのです。自分のカードのエースの絵柄と、彼女が話している韓国社会のエースの絵柄が根本的にトレードされるものなのか、ということについてゆっくり考える時間が、セミナーという毎回3時間で切り取られる世界では中々難しいのだと思います。

 

この授業を受けていて、よりいっそう、私が今、制作において切ろうとしているカードは、誰のカードなのかを考えてしまいます。使いたいテキストがあったとして、新しい解釈で発展的に使用したと思える場合と、自分の都合のいいように利用しただけになってしまう場合について考えては、うーーーーーんとうなって前に進みません。

 

一から書けばいいのか。

でも、文脈の中からすくい上げてその引用元に引き戻したいと思うのは強引だろうか。

 

私は私が見たいものを見ようとしているのではないか。

この授業でも別の教授が言っていたが、人が見れるのはそれぞれが違うのだということだけだ。見たいように世界を作り替えることと、作品の骨組みとなるフィクションをひくのは別の作業だ。わかっているのだけれど、自分を永遠と疑ってしまう。

 

カードゲームのように奪い合ったペアを捨て去って一抜けしないように

大いに頭を悩ませなければいけない気がしている深夜3時。

卒業時期が伸びそうで怖いです。笑。いや、笑えん。

個別のご連絡について

以前、と言ってもすでに2年がたっていたので、もう一度シェアしたいなと思います。

 

kiikiii.hatenablog.com

この頃からスタンスは変わっていません。

そしてこの頃から読んでくださっているみなさまのスタンスもお変わりないのかなと勝手に思っております。それでも4,5年と時が過ぎて、コメント欄非公開時に戸惑いながらも受け取るメッセージの中で、あぁ困ったなというのは案外少ないなかったなという気がしています。なかったとは言えません。色々な方がいらっしゃる。苦笑。

 

スタンスは変わっていないので、ここを交流の場にしたいという気持ちは、今もありません。とても一方的なコミュニケーションであることは理解していて、わたしってズルいなという気持ちもあるのですが、現実目の前にしている世界のコミュニケーションでけっこうお腹いっぱいでもあります。

そしてお察しの通り、ストレートなタイプなので、書いたりおしゃべりしたりが得意なほうではありません。沢山話したり書いたりするから得意なわけではなくて、そのあとに自己反省が否応なしに繰り広げられるので、元来、人と交流するののは前後ともにエネルギーの排出量ったらないです。

 

ただ、もしかして、どうしてもという人がいらっしゃるのかなという気持ちで、ためしにTwitterのDMだけあけておきます。お返事できるかはわかりません。しなくても怒らないでいただきたいです。そして怒られたところで、ちょっとブロックしてしまうけど許してください。様々なお叱りは、実社会でちゃんといただいてますので、こちらもお腹いっぱいです。わざわざお時間いただかなくても、私にも叱ってくださる優しい人が周りにおります。ありがとうございます。

 

そんなわけで、リマインダーとして、カテゴリーを分けて張っておこうかなって。

最近リマインド多いですね。それだけ記事が埋もれるくらい色々吐き出してきたようで。いつもお付き合いいただきありがとうございます。

手も痛いし、ロックダウンのニュースで目も痛い。

卒業論文とその作品制作のために本を読みすぎて、とうとう手が腱鞘炎です。

こんばんは、Kikiです。

 

手、というか腕が急に腱鞘炎で、あれ何か運動でも…してないな、変だなと今日も本を開いたらあっイタイ、これだとなりました。アホ的思考回路で苦笑い。

確かに仕事や授業と散歩以外は移動や食事時も含めてずっと本を片手にしています。腕が痛いので、ブックスタンドなるものを買おうか眺めてみるものの、同じ姿勢だと体が痛くなるので、家の中をうろうろと場所を変えながら読んでいて、テーブルに置く前提だと使わなくなりそう…。私のだらしない読書態勢ったらないんですよ。ルームメイトが私のリビングでの謎の態勢を見かけては笑っております。猫がとんでもない姿を激写されているのと似通ったりです、可愛げがないだけで。

 

前半のリサーチとコンセプトライティングの見極めが中々つかないのです。

アトリエは人が多くて気が散るのでずっと引きこもりです。先生から参考になりそうな新たな本をデスクに置いておいたよと連絡があったので、金曜日にフラフラとアトリエに行き久しぶりに同じ卒業制作中の友達とおしゃべりしました。私も彼女も、本を読んでは、その著者が引用している本やセオリーの論文を取り寄せて、また読んで、また引用元も読んでの無限ループ。「これこそ、きっとドンピシャに違いない!」というなまけ根性で先に中々進みません。縦横無尽に知識だけ蓄えるという悪循環。

ドンピシャな論文にもセオリーにも出会えないのは、ある意味自分の制作の角度がちゃんとユニークであるといぬか喜びしたいのですが、だれか代わりに文章化していてくれてたらいいのに…シェイクスピアよ、ミュラーよ、ハラウェイよ…なぜそのことについて関心がなかったのか…私より確実に素晴らしく言語化できるであろう知識人よ…という浅はかさだよ、とお互い笑いました。

1月無理だったら3月頑張ろう…となんだか慰めあい、約束していた友達と夜のクリスマスマーケット散歩へ行きました。

 

そういえば、家でも誰かと顔を合わせるたびに話題になるワクチン未接種者だけロックダウンする気らしいよという、にわかには信じられない話が、もうすぐそこまでやってきています。ほぼ本決まり、明日最終決定、みたいな。

 

昨日一緒に夜の散歩をした友達はワクチン未接種者でした。

野外で開催されているクリスマスマーケットも、2Gルール(ワクチン2回接種済みもしくは感染後の回復証明の提示義務)にすでに移行していて、友達を入り口において、一人で飲み物を二人分購入しに行きました。野外なのにそこまでする必要が…という気持ちは否めません。

 

ICUやECMOの使用率を基準に、ずいぶん前から状況が悪化すれば段階を踏んでその政策が施行されることはニュースで読んでいました。病院の状況を考えれば、医療は有限である以上、理論上理解できるのですが、でも気持ち的にいよいよ管理社会の中で生きている感じがして居心地はよくないです。でも病院で働いている人も違う意味で、あぁもうとうんざりでしょうが。

 

アルバイトをしているレストランも2Gに移行しました。ルールが変わった最初の2日は、今年最低の売り上げで、このままだとつぶれるなという感じでしたが3日目ぐらいに戻ってきました。それと同時に2Gに該当しないお客さの対応にも追われることに。

 

ワクチンを打たない人には人それぞれ色々な理由があると思いますが、態度には大きく分けて2種類あるのだなと今週実感しました。それまでは3Gだったので、陰性証明を提示されて、この常連さんはワクチン打たないんだなぐらいで、その先に踏み込む必要は皆無でした。でも今は、お断りせねばならず、そうなると相手が理由を主張してくるという場面に出くわすようになったからです。

 

まずは、自分は打たない、それが権利だけれど世論の風向きも理解しているので、ある程度ルールには(納得いかなくとも)従いましょうという人。このパターンの方は2Gにすでに移行したことを知らなくてうっかり入ってきてしまっただけなのでお持ち帰りで妥協してくれます。

ちょっと困るのがワクチンは打たない、なぜならそれは危険でかつ、コロナはただの風邪だからという意見の方。それはそれで、個人の自由なのですが、だから自分も食事させろといっこうに引いてくれない。たまたま常連のお客さんだったりすると、より一層強気で、対応に追われました。困った。こんな状況じゃなければ、よく知るお客さんなので断る理由などないのですが、お店も他の利用者がルールをフォローしている以上、それをキープする責任があるわけで(現実問題、罰則がありますし)…これはもう本当に頭が痛い。

 

これまでもお持ち帰りの方に3Gの確認義務はないので、逆にマスクしてくださいとお願いしたら「僕は気にしないから大丈夫」という斜め上の回答をされて困ったねとなることはありました。店内でマスク着用ルールがあった頃も、マスクせずに至近距離で話しかけてくる方も多くて。結局はお店でお酒の提供もしていて意識がふんわりするのも仕方がないので、店内着用ルールがなくなっても私の勤務先ではサービスをする人はFFP2をずっと着用しています。

 

大学は10月の一か月すべての施設の入り口で3Gのコントロールを行い、結果学生も職員も90パーセント以上のワクチン接種率だったというメールが届きました。とはいえ、アトリエには人が集まる。来週からはワクチン接種未接種に関係なく週に3回のPCR検査に協力するようお達しも出ました。金曜日にはすでに大学の入り口に検査キットと提出ボックスが設置されていました。義務教育の子供たちが受けている感じと同じですかね。もちろん強制ではないのですが、パンデミック以降こういったこと反対して揉めた、揉めているという話を学内で聞いたことはないので、大多数の人が協力するだろうという気がします。私も月曜日に授業があるので、今日提出してきました。

 

2Gで様々な場所の利用を制限して、ワクチン接種率を上げたいのだと思うのですが、大学が妥協案に舵を切って良かったなと思いました。そしてこれは肌感ですが、少なくとも私の周りの人は、これを理由にじゃあワクチン打ちますと打ったのは今のところ一人だけなので、効果的かどうかはわかりませんね。打ったその人も、もともと打つつもりだったけど、様子見てからという人だった。明確な意思を持ってる人には北風作戦かもしれませんね。

 

夏の終わりには、あぁもう収束するんだろうなと安易だった自分。

そう簡単には終わらなそうです。

 

【学生ビザ更新】4度目の更新。

グレーな天気、冬の到来のウィーンからこんにちは。

去る10月15日に居住する地区の管轄のMA35に更新の申請をしまして、前回の滞在許可が切れる日にPositiveですよという手紙が届きました。

 

早い!仕事がはやい!2週間で返事がくるなんて。過去最短です。

友達が巻き込まれた騒動はなんだったのか…担当者ガチャの運がいいようです。

 

そんなわけで、追加書類無く、更新が承諾されました。めでたい。

今年も特に新しい書類の項目はありませんでした。過去の記事でまとめていた通り。

 

この時は働いていなかったのですが、働き始めてからは下記の一覧以外にAMSの労働許可の書類と直近3か月の給料明細が必要です。すでに持っているものを提出するだけ。

あとは、パスポートのコピーは顔写真が入っているページだけで大丈夫でした。

それから…あっ写真は切り取らずに持っていったほうがいいみたいです。これも担当者によるのですが、日付と写真がくっついている状態で確認したいみたいです。

 

kiikiii.hatenablog.com

今年に関してはコロナ禍なので、事前にアポイントが必要です。MA35のウェブからアポイントが取れるシステムがあって、取れたらメールが送られてきます。私の前の人が新規と更新を勘違いして、新規なのに地区のMA35に来てしまって追い返されてました。新規の場合は居住区ではないのでお気をつけて。

アポイントがあっても、もちろん待たされます。私は1時間待ちました。時間には余裕をもっていただき。苦笑。

 

 

友達に色々あったので、周りが心配して割とピリピリしていて、顔を合わせるたびに友達や先生から「滞在許可どうなった?何か手伝う?」と聞かれていたので、いい知らせで安心してもらえて良かったです。

 

今回の更新で全体の成績証を発行してもらったらもう卒業既定の単位数を超えていて冷や汗。前のセメスターで必要な単位は1つだけだったので、それを確認してからはシステム上で確認してなかったので、えっなんでや?と一人でオフィスでビックリ。確かにフリーでいくつかのセミナーを取っていたけど。フリーで登録してたから成績は出ないと思っていたのに、担当の教授がそれぞれ勝手に良かれと成績を出してくれました。同じ項目でフルで成績持っていたので、重複してしまったのでどうしたもんか…と。でも良かれとしてくださったことなので、要らなかったとも言えず。苦笑。

これからディプロムの作品でさらに単位が増えるので…取りすぎだし、取りすぎだよ早く卒業しろよって突っ込まれたらどうしようという心配をしていました。実際、書類提出時に、あと何が残ってるの?って聞かれました。ディプロムアルバイトだけです、ただいま絶賛作業中ですと答えたら、あぁそうなのね、頑張ってと言われて終わりました。

 

ちなみに同じ項目で同じ成績でも重複して何回か貰っていても、その分野について専門的に学んだとみなされるだけで、特に問題ないと後から教えて貰いました。だから成績出してくれたんだよ、と。なるほど。ただ、最初の2年はドイツ語の問題ですべて理解できなかったから、繰り返し取っただけで深く学んだというと語弊がある気がします、私の場合。笑。

 

ドイツ語での授業に問題がなくなって、あぁ最初の2年が悔やまれる。時間があればもう一度受けたいと思うセミナーが沢山あります。いまなら楽しめるのに。でもネバーエンディングストーリーなので、そろそろ蹴りをつけて次へ。

 

どなたか存じ上げませんが、私の担当の方、早いお仕事ありがとう…ですよ。

まだ受け取ってないから、無事手元にやってきますように。

 

特に新しい話題もなかったのですが、毎年書いていたのでリマインダーとして今年も。

独り言を許せるようになった。

バタバタとしていて、それが少し落ち着きました。

 

ここに色々書いて投下するようになって、気が付いたらずいぶん長い時間が過ぎていました。新しい国で生活を始めた頃は、小さな知らないことを誰かにシェアしたくて、それが少しは次にそこで生活する人の役に立つかな、そんな気持ちで文章を書いていた気がします。

 

今は、自分のために書いていて、元々そうだったことに気が付いたような気がします。ブログが古い媒体と言われようと、自分と社会との間に曖昧に佇み、大したことも起きないここに、それでも時々今でも何かを書いてみようと思うのは、結局は私の人生のようだなとも思うのです。その先に根気よく、この文章を読もうと思ってくれる人が居るのが不思議ですが、こういうのは理由なく嬉しいものとして受け止めたいです。

 

表面的に、私は人に恵まれて生きてきました。それは今も変わりません。

昨日、深夜に一人で映画を見に行きました。ちょうどウィーンではフィルムフェスティバルが開催されていて、今までは大学の授業の一環でクラスメイト達と参加していましたが、今年は自分が見たいものだけのチケットを買って席に座ることにしました。

 

映画の終了時刻は、最後の路面電車の時間に間に合うぎりぎりで、映画館を出て、がらんとしたオペラ座前を通り抜けて、間に合わなくても歩いて帰れば1時ぐらいには着くかなとのんきな気持ちで、空気が冷たいんだなと前を見ていた。でも、もうウィーンで道に迷うことは少なくて、電車を捕まえて、家路についた。5年前は駅の名前を読むのも大変で、余裕をもって向かっても、いつも遅刻して、英語で友達に謝っていた。あの頃の彼も彼女も、今はもうウィーンにはいないけれど、大丈夫だよと言っていた顔を思い出す。

 

家族から離れた場所で、シングルで、30代後半の女性は、淋しい。

多くの人が家族や子供を持ち、もしくは仕事に邁進しているはずの時間を私は考え事をして過ごしている。それははたから見たら寂しく見えるだろうし、淋しくないかと聞かれれば、淋しいかもしれない。

 

でも、私はみんなが出来ることが出来ない。子供の頃からそうだった。

皆と同じことが出来ないから、出来ない自分を責めて息を詰めては日本から出たり戻ったりするようになった。最近、研究者が日本の同調圧力が合わないというようなことを公の場で口にして話題になったと母が言っていた。母が私が同じようなプレッシャーから海外に出ていると思っているようだった。

 

ここにも同調圧力は存在する。長く深いキリスト教を暗黙にベースとした言説の世界で、そうではない私が生きていくには、母国とは違う愛想笑いが必要だ。私がその国の言葉の世界で生きているというのも、もちろんある。もしかしたら禍の研究者の環境は本当の意味でインターナショナルで、一つの無意識の言説が支配しない世界に身を置いているのかもしれない。でも国境で線が引かれる世界において、本当のインターナショナルやグローバルというのは、それぞれが、それぞれのテリトリーをそのまま持ち寄り犯しあわない、あえない、ほんの少しのディスタンスがあって成り立つのかもしれない。同調がない世界は少し孤独でもあるのだと思う。

 

もう一度、もどる。

私はみんなが出来ることが出来ない。

でももし、出来ていたらと考えたら、不思議なことが頭に浮かんだ。

私はもう、この世界にはいないだろうな、と。

今のような、学問に戻るような世界はなかったかもしれないし、そもそもこの世界に留まっていられなかったかもしれない。

 

私は人に対して率直にしか生きられない。だから、そうじゃないことを相手にされると、一人で静かに深く傷ついてしまう。それは相手が自分の子供でもそうだっただろうと思うし、そういう意味で、私は母親には向いていないと今も昔も思っている。人生の中で何度か家族を持とうという話を提案されても、どれだけ相手を愛していても、私はその線を越えられない自分を知っていた。果ては自分が壊れるか、愛するものを壊してしまうか。

だから淋しいほうがいいな、と思うようになった。自虐めいた暗示のようだが、割とそのおかげで、今も生きているような気がする。

 

どれだけ人に恵まれていても、周りの人が私に対して抱いている「Kikiとの間には見えない壁がある」という気持ちをどうして私が与えてしまうのか、原因はわかるが、そのままにしている。それがいいようだ、とそうやって自分を許している。

 

電話をすれば話を聞いてくれる家族も友人もいる。

困ったことがあれば助けてくれる、助けたいと思う人たちが周りにいる。どうでもいいようなことで笑い話をしたり、昔話をしたり。

それでも孤独であると独り言を言えるようになった。それは孤独である自分を許したのだと思う。みんなのようには出来ない自分を許したら、それが孤独という言葉に集約されたのだと思うのです。一人で深夜に映画を見たり、日がな一日、本を片手に森を散歩したり。その世界では私は難しい人じゃなくて、ただの孤独な人で、そのほうがいい。

 

少し現実的な話をすれば、今学生としては最後の制作の真っただ中にいます。この4年間、たくさんの本を読み、それ以上にたくさんの摩擦を経験しました。それをアカデミックに言葉に置き換えて言説の世界でシェアしている学者や批評家の人の言葉を受けて、また、卒業したらそういう世界もあるよと少し誘いも受けたりしなが、ここしばらく考えていました。

私はそれでも言葉の外側でまだもがいていたいのではないだろうか。私が話したいことや日々のことをシェアする環境として、アカデミックな場のほうが簡単だというのは割と想像が付きます。だからその世界の人にお誘いを受けているのでしょうし。その世界では、簡単に「あなたは賢いから」の一言で片づける人もいないのでしょうし。でも、話が通じる人と話がしたいのかと言われれば、なんだかそれも違うのかなと思う自分がいます。そもそも、賢いかどうかと、俯瞰的に自分を眺めることに意味がないとも思う。

 

私は、世界はグラデーションであって欲しい。

体系立てた世界ではなくて、何かわからないけれど、何かをシェアできる世界であってほしい。正解や強さを交換する世界じゃなくて、弱さが弱さのまま存在できる世界であってほしい。知識の階層を超えて、それぞれが違う何かを見つけられる世界であってほしい。ポジティブでなくても、それが二項対立だけの世界でネガティブと完結するのではなく、二者択一から降りた世界であってほしい。

こういう曖昧さが、私の制作の最終決定をいつもしていると思う。曖昧であるために作っている。そんな気持ちで今、制作をしている。

 

これが私の最近の、冬の始まり。