コロナ離婚的同居解消。何もなかったとはならない、新しい生活。

引っ越しを決意しました、こんにちは、kikiです。

 

先日の生活スタイルが合わないルームメイトの話。予想通り3日後には友達を5人連れ込み、朝までうるさい。オブラートに包んだのが悪かったと思い朝方4時、その時にはっきりとメッセージで「頼むぜ、ちょっと静かにしてほしい」と送りました。朝方7時、みんなが帰った頃に、「私が呼んだわけじゃない、来ちゃったんだ」という言い訳の返信が届いたのですが、これは彼女の常套手段なので「理解できるけど、眠れなくて困るのでできれば3時以降は自室で過ごせない?(それでも十分うるさい)」と提案。

 

さて、彼女は1年半優しかった、もとい無関心そうだった私が、突然モノを申したことにびっくりしたのか。めちゃくちゃでかい声でその日から友達に電話しては「私は静かにしてるのに!変なドイツ語の言葉(聞きなれない)とか使っちゃってキモいんだよね〜」という文句をまくしたてている。私のリスニング能力もなめられたものだな。

 

…おっけーーーー。これは生活スタイルの問題ではなくなったな。反則技だ。

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生活スタイルが合わないルームメイトの話。

朝10時;近現代のフォトグラフィーセオリーの授業。この先生はカメラや映像機器にめっぽう強いのになぜかZOOMとは相性が悪く、必ず1度は技術トラブルで授業が中断される。そしてネット回線も不安定な先生の悪戦苦闘ぶりに、もはや日常を感じてしまう私たち。

 

13時に授業終了。お昼の準備をしながらここ1年ほどの悩みと向き合う。

 

超シンプルなんですけど。ルームメイトと生活スタイルが合わない。

たまには太字も使ってみよう。意味はありません。

ざざっと私のこの1年のしょうもない悩みを聞いてください。

 

そもそも、私がなんで家族住まいのこの家に引っ越してきたのか。

 

理由は2つ。

その1、滞在許可に付随してクリーンな契約書を出せるお家

その2、家ではプライベートを優先したいので、交流が少ない方が楽である

 

そして2つ目の条件が引っ越して3ヶ月で崩れ去ることに。

もともと越してきた当初の話では、パパと高校生の次女が平日のみウィーンに滞在し、金曜日から週末はママと三女の暮らす郊外の家へ。私は週末一人。最初の3ヶ月ほどは、それはもう静かで快適、パパと次女とも仲良くやっていました。

 

3ヶ月後、イタリアに行っていたはずの長女がウィーンに転がり込んで帰省。そのまま居座ることに(言葉が悪いですね、彼女の家ですから)。でも部屋はすでに私に明け渡しているので、リビングでの生活スタート。私はすでに1年の契約書にサインをして、さらに滞在許可の延長申請中ですぐ引っ越すにも…とびっくりしていたら、家族総出で「kikiはここに住んで!出て行かないで!大丈夫だから!」と。

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いい人のフリ。

今週は雨の多いウィーン。つかの間の晴れ間に2ヶ月ぶりに会う友達と散歩に行ってきました。街はちょっとピントのずれた日常を取り戻した様相で、私たちはお気に入りのケバブスタンドでテイクアウトをして、がらんとしたMQのベンチでちょっと遅いランチを。ちなみにMQは美術館などが集まる複合施設。

 

 

美術館の再開は6月から。この時期のMQは例年であれば、水遊びをする子供や、日光浴しながらビールを食らう若者で溢れます。まだここに人は戻ってきていない。金曜日からレストランが再開になったら、少し人が戻ってきそうであり、その準備に追われる人が右から左へ流れているのを眺めていました。

 

ケバブを食べながら、アジア人らしく「コロナ太りしたか、してないか」と言い合って。国籍で人を括ることはできないが、彼女と私は珍しくお互いのナショナリティを拠り所に、二人でしかできない話や悩み相談を良くしている間柄。彼女は韓国人。

 

彼女から「日本の選挙はいつなの?」と心配されました。

いまだかつて、海外生活で母国の選挙日程について質問されたことなどないけれど。でも驚きもないです。私の知る限りドイツ語圏、英語圏、そして韓国では「日本の政権やべーな」なる報道がなされているので、シンプルな質問であるし、そのベースに「政権交代したほうがいいんだよね?」が暗に含まれているのを感じる日々です。ドイツ語圏出身の友達(多数)にも、電話で最近どう?という流れで、私は元気だけど、両親が住む日本が心配だよ〜と答えると、即答で「そうだよね、うん、そりゃそうだ。いろいろニュースで見るよ」と返事が返ってくるわけで。やべーのだ。

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オフラインボタンのアップデートを心待ちにしている。

11時から20時まで友達と月曜日のプレゼン資料を、友達の自宅の中庭でやってきた。グループワークなので、今まで最大限zoomでの準備に励んでいたが、相手の強い希望により対面で最後の仕上げへ。室内はまだちょっと怖いので、屋外にて。天気が良くて、気候もいいので助かるが、いやはや疲れた。まだ終わっていない。

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頭が湧いて欲した糖分。

 

ロックダウンが明けて、外出が明らかに増えたので、せめてもの思いで、帰宅時、部屋に戻らずシャワー直行の習慣がもはや義務化しつつあり。シャワーまでが外出に含まれる。これも疲労の一因だが、今日新たな現象を確認。

 

と言うのも、こんなに長時間人と話したのは久しぶりで、それはロックダウン前に遡るわけで。何が起こったかというと、表情筋の筋肉痛です。これには心底驚いたのと同時に、3月からどれだけ自分が笑っていなかったか、と言う結論に至ったわけです。

 

先日もちらほら書いた通り、基本的に家にこもっていた期間のコミュニケーションのメインツールは電話でした。毎日授業をオンラインで受けていますが、それはまぁ真顔で聞いており、電話に関してもおそらく真顔で口だけ動かして、声のトーンで喜びを表現していたのでしょう。人間とは器用なものです。そして今日は目の前に人がいたので、私の脳が私の表情筋へ指令を送ったのでしょう「感じ良く!」ってね。

 

そんなわけで、私の表情筋は46日と10日ぶりに活動を再開。疲労困憊で、今も顔の特にほほ骨から口周りの筋肉が痛いです。鈍痛です。

 

もしかしたら、この期間のメイン言語がドイツ語に集約されていたのに、今日は一日英語を話したことも多少関係しているかもしれません。新しい言語を使い始めると、普段使わない筋肉を動かすので、最初の頃は顔が筋肉痛になるのに似ているかもしれません。おそらく二つの要素が相まって、私の口周りのたるんだ筋肉が悲鳴をあげています。家に帰って、ルームメイトと電話をくれた先生とドイツ語で会話したら、可動域に楽さを感じたので、複合的要因でしょう。きっと。

 

寂しいと思っていた、一人での自宅缶詰にも思いの外慣れていたようです。ルームメイトとは生活時間がズレているので(彼女は夜中に活動し、夕方起床)、授業をただ無言で受けて、一日無言で終わることも多々あります。でも案外、これはこれで集中できるようになっていたみたいです。

 

とはいえ、一つなんだかな、と思っていることがあります。

正直、常にオンライン状態を期待されている状況に少々お疲れ気味。授業が全てオンラインなので、情報が常にメールやらアプリやらで飛び交っていて、ちょっと返信を怠ると自分の首を締めます。毎日届く、返事必須のメールを前に「I'm ready」状態で望まなければなりません。なんだかこの異常な日々に対して、最大限ポジティブでいなければならないプレッシャーとどこかで戦ってる気さえします。医療従事者に負担をかけたくない、誰かへウィルスを運びたくない、だから最大限リデュースして、できることに励みます!オンラインで頑張ります!文句言いません、yes, I'm ready!  yes, I can! みたいな。いくらロックダウンする意味合いに納得して、家にこもっている、こもっていたとはいえ、自分の気持ちには嘘はつけないもんだなぁ。

 

ここ数日、せめて日曜日は私オフラインですとさりげなく告知したい気持ちです。

将来ソフトのアップデートに「オフライン」ボタンを作って欲しいな…メールやSNSに営業日みたいに「あっ日曜日はオフラインなんで!」って。わざわざメールとかで告知すると、モットーみたいで重たいけど、オフラインボタンがあれば、相手もあ〜そうね、ぐらいでいい意味で気にしないかなって。返事がこない時に「あっ今日オフラインなんだな」って確認してもらえるとかね。

 

スマホにアプリが並んでいるのを眺めて、これどれか一つだけ残して削除したい…と言う衝動にかられる時があります。結局、いつも、それぞれ繋がっている社会が違うので勇気が出ません。

 

せめてオンライン授業が6月末で一区切りになるといいなぁ。先生たちも私たちへの責任感という優しさで頑張ってくれているのが、ひしひしと伝わるので、夏休みだけでもカレンダー通りにやってきて、みんながこのオンライン束縛から解放されるとイイな…と言う超個人的な願望を抱いております。束縛感を感じているのは私だけかもしれませんが。いやぁ難しいです…。案外ロックダウン後の方が、これからどうなっちゃうんだろうという不安が募ってき始めて…うまいことオフラインでデトックスの程よいサイクルを見つけたい、今日この頃です。

 

46日と5日目。

朝8時に一瞬起床、二度寝、起床。同居人が深夜に散らかしたキッチンの掃除とコーヒーを入れる。10時、授業を受けるためオンライン。12時47分、担当教授へ質問と簡単なレポート的メールを送信し受講完了。ここまでがルーティーン。

13時、うどんを打ち昼食。14時、昨夜から読んでいるジェームス ジョイスのトランスレーションについての考察237ページの35ページから再開。17時、ヘビーな投稿にいつも返事をくれる知人がFacebookに投稿したので、そこにコメント(と言う名の応援!)。18時、お昼の残りのうどんを再利用して夕食。ご飯食べながらジュディス・バトラーのジェンダートラブルを再読つまみ読み。19時ブログをふと開く。

 

 

一時期、ほんのいっとき、吹き荒れた日本の友人とのオンライン飲み会も。こちらに住む友人とのメッセージでのやりとりもすっかり鳴りを潜め、これが今の私の日常です。

 

46日間のロックダウン生活中に始めた事は、手作りうどん、マスク、夏服の手作りです。ミシンを借りたので、時々カタカタ縫い物をしています。うどんはホウトウときしめんの間のような出来栄えで、人様には振る舞えませんが節約にはもってこいです。

 

今日はこれから、Forced Entertainmentのオンライン公演 End Meeting For Allの第二幕が21時から始まるのを楽しみにしています。非常に興味深い実験的な作品なのでパフォーミングアーツに興味がある方にはオススメです。

 

本日の目標はジェームス ジョイスの237ページを読み切る事です。ただいま半分を通過しました。とても読みやすい英語でありがたい。でもデジタルで読んでいるので目がしばしばします。視力の低下が心配であります。ただ、デジタルだとマーキングか簡単で、レポートにするには便利で楽させてもらっています。一長一短。

 

みなさんいかがお過ごしですか?こっそり覗いている欧州在住の方のブログを見るに、いろいろ工夫して日々を過ごしているなぁ。元気が出るな〜と思っています。

 

私はどうにも、斜めな視点で物事をかき混ぜてしまう性質の人間なので、元気の出そうな素敵なブログが書けませんが、それなりに元気に過ごしています。読みたい本があちらから、こちらから湧いてきて、見たい演目が洪水のようにオンラインを流れていて、家にいると1日があっという間です。課題も山盛りで、これが夏も続くのは中々です。以前より外に出られるようになったので、散歩をもっと頻繁にしてアンバランスな日々に多少の色どりでも。

 

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昨年末に突如ご近所に多発出現した謎のアーチ付きベンチ。春になり、このアーチは緑のアーチとなるべく頑張っていることに気がついたり。

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2時間日光を浴びて熱を出す。

今日は曇り空で風の強いウィーン。

外出制限が出てから、天気の特別いい日を選んで外出するという贅沢を覚えた。それと同時に、その不自然さも気になるところ。昨日の夕方久しぶりに雨が降っている様を眺めて、雨の中を歩きたい気持ちが芽生えた。風の強い日に目を細めてちょっと憎らしく思ってみたいとも思う。

 

日が伸びて、夜の7時でも十分明るい。

去年の今頃は、気分転換に、公園で友達とよくおしゃべりしていた。去年の今頃、誰と何をしていたかを思い出すと突然、切ない気持ちになる。

 

でもそれもあと1日である。

4月30日を最後に外出制限が緩和され、私は友達とソーシャルディスタンスを保つことを条件にまた会うことができる。精神的に寄り添うために、身体的な距離を受け入れる生活の中で生きてみるのだ。

 

今日、ふとZoomで授業を受けながら思ったのだけれど。公衆衛生を最優先にした場合には、私はこのデジタルコミュニケーションを容認しなければならないという暗黙の世界に取り込まれてしまった感があるのだ。色々と仕方がないので、デジタルコミュニケーションにケチをつけてはいけない空気に少し息が詰まりそうになっていた。

 

元来、メールというものが好きではない。

電話や手紙と違って、読む前提で送られてきて、返事が来ることを強要されている感じがどうにも窮屈で好きじゃない。メールよりもメッセージアプリはもっと好きじゃない。一方的な問いかけに答えるか否か。選択の自由が欲しいものだ。いつの間にそれがなくなってしまったのか時々考える。

考えるけれど、人恋しい。結局、特に違う街と違う国にいる友人とのツールとして、これまた容認して受け入れている。けれど、相手がどう思っているのか気になる気持ちは捨てきれないのは、相手も不自由に思っていたら逆に気が楽だという矛盾をどこかで期待しているのだろうと思う。

 

私は仲の良い友人で、それを許してくれる人とは会話をすることにしている。

声のトーンから、文字にならない今を感じることが出来て安心するし、その安心を基準にどんな話をしても良いか考えられる。声が疲れていれば、たわいのない話をして。元気で、はつらつとしていれば、何か良いことでもあったのか聞きたい。ちょっと勢いもあれば、議論もありだ。でもそれを「既読」と言うサインを頼りには、私には出来ない。これが不思議なことに、デジタルで顔が見えても「既読」と同じような違和感を感じる。顔を見ているから言える、とはならない。電話よりも、違う場所にいる相手の姿がはっきりと浮かび上がるので距離を感じてしまうのかもしれない。

 

デジタルには比較的明るい自分が、こういう気持ちを常に抱えているのが少し不思議でもある。ただ、例えば回線に香りをのせて届けられる未来が訪れても、味すら疑似体験できる技術が開発されても、私は身体的距離と経験を圧倒的に支持すると思う。そこに便利さを感じることはないだろうとも思う。そもそも便利に生きたいとは、そんなに思っていない。

 

だからおととい。天気の特別良い日に公園で2時間日光浴がてら友達と長電話して。その夜熱を出した自分の身体の方が、私には大事である。頬を刺す西日の熱さを、今日も思い出せるけれど、Zoomで見た友達の顔はすぐ忘れてしまう。

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インターネットで目にしていたものでも、こうやって目の前に貼り出されるとインパクトは大きい。なんだ、現実か。と、思わされる。

 

デジタルは土足で私の生活に入ることができるけれど、足跡は輪郭を持たない。

ということは、私がここに何か書き残そうとするこの行為の根源は一体なんだろうか。考え事が多くなったので、結局ブログに新たなタグを作って、そのうち整理されたり、でも出来なかったりして続けてみようと思う。

ロストイントランスレーション。

今日はコロナと関係ないことを。

 

実は進行形でドイツ人の友達が京都に交換留学中。残念ながら大学は5月からオンライン授業(日本語)のみ開始されるようで、日本語がさっぱりな彼は6月には帰国の予定である。留学前から実践的な授業だけ参加するつもりでいたので、全部講義になってしまってはお手上げだ。そんな状況なので日本人の友人は一人も出来ずに一人で散歩をしたり、映像を撮ったりして時間を潰しているようである。そして時たま私に翻訳して!と写真が送られてくる。それが結構面白いので、ちょっとご紹介したい。

 

ある日送られてきたのは指名手配の張り紙。

「kiki、この顔写真は何?300円って何?すごいいっぱい見るんだけど」

 

言われてみれば、指名手配の張り紙ってヨーロッパで見ないかも…。

それは指名手配犯の顔写真で警察が情報を呼びかけていて、懸賞金がかかっている事件もあるんだよ、300円じゃなくて300万円だよと翻訳。みかけたら警察に電話してね!と。

 

それから数日後、今度は空き地に「売地」という看板が立った写真が送られてきた。そういえば、これもヨーロッパでは見かけない。カナダでは顔写真付きで不動産の看板がいたるところに立っていたのに比べれば、特にウィーンでは見かけない。というわけで、興味があったらその土地買えるよと翻訳。

 

ある日の電話。昨日スーパーに行ってみたんだけど、信じられないくらいの数の不思議なソースが売っていて何も買えなかった。せっかく日本にいるから日本食に挑戦してみたい。日本食で使う調味料を教えて欲しい!そして昔kikiが作ってくれたパンケーキのソースの名前が知りたい!という内容。

どうもスーパーでお好み焼きのソースを探したけれど、たどり着けなかった模様。店員さんに英語で「卵とベーコンのパンケーキにかける黒いソースはどれですか?」と聞いたらしい。ウィーンでは薄切りの豚肉が手に入らないので、私はペーコンを代用して昔友達にお好み焼きを振る舞ったことがあるのだ。その説明ではたどり着けない。笑

 

みりんや、お好み焼きソース、出汁、酒というものを覚えてスーパー再挑戦。今度はお好み焼きにたどり着けました。

 

つい最近は炊飯器を買ったという連絡とともに、わからないボタンがあるという連絡が。写真を見てみると「時」「予約」「分」のところにはてなマークがついていた。言われて初めて、確かに!こちらの炊飯器には炊飯と保温ボタンしかない。予約機能が付いているのは日本製か韓国製ぐらいかもしれない。そもそもご飯を朝から食べる習慣がないので、炊飯予約など必要ない。朝早くからおにぎりをこしらえるお母さんもいない。夕方に仕事が終わってのんびりご飯が食べれる人も多いので、帰宅に合わせる必要もない。というわけで炊飯予約文化について翻訳。「超便利だね!」と大喜びだけれど「僕は使わないけど」と。炊飯器を購入した理由は宇宙船みたいで面白かったそうだ。ついでに白物家電についても翻訳。笑っていた。

 

本日の最新版は、お店の張り紙。「本日休業。24日はカフェは営業します」と書かれていた。映画館に貼ってあったそうだ。閉まるということは理解できたようだが、その先がミステリー。確かに英語やドイツ語なら、この場合はonly Cafeとかnur Cafeとか、つまり24日はカフェ(だけ)は営業しますとなるはずなのだ。というわけで日本語ミステリーについて翻訳。

 

せっかく1年悩んで、挑んだ日本留学。とても残念な形で終わってしまうかもしれないが、それでもヨーロッパを出てみたいという希望は少し叶えられていたらいいなと思う。留学の選考に出すモチベーションレターの添削(日本人に理解してもらえるかinドイツ語)をした身としては、彼の熱い気持ちを読んでいたので悲しい。でも今の日本の状況を考えると、言語弱者の彼にあまり長居もお勧めできない。

 

留学やワーホリは事前に計画して準備をしていた人が多いと思うので、今回のことでそれがおじゃんになってしまった人が沢山いるだろうと思う。仕事を辞めて一大決心したギリホリの人なんかたまったもんじゃないだろう。大学生だって休学して行く予定だった人は、就活との板挟みで、在学中に次の機会はないかもしれない。ただ人生は予測不可能なものなので、またチャンスがあれば行きたいと思っていればめぐりめぐって縁があるかもしれない。ということは私が身をもってお伝えできる唯一の言葉である。

 

また近々新しい写真が送られてくるのを、密かに楽しみにしてる。というお話。