デジタルコミュニケーションの限界的ドラマを迎えたセメスター最終日。

みなさまお元気でしょうか。

私はここ2週間の睡眠不足に詫びるように、ぐっすり寝すぎて1時間も寝坊した水曜日。昨日、一旦20年夏セメスターが幕を閉じました。めでたし、めでたし、と言いたいところですが。最終日は非常にドラマチックでした。今期取り組んでいたドイツのソーシャルドラマよりドラマチックだったかもしれない。去年はベネツィアの墓地で大泣きし、一昨年はカールスルーエで落ち込んだわけですが。期末は一筋縄では終わってくれない、のですかね。

 

当初からの予定通り、月曜日、火曜日と最終プレゼンが行われました。

通常は一人持ち時間30分程度で作品について発表し批評がつく、試験でもあるのですが今期は主任教授がドイツにいることもあってスタジオとドイツにいる教授とをZOOMで繋いで行うこととなりました。この3ヶ月のZOOM授業の経験を元に、全員が画面の前で集中できる限界は3時間だろうということで、一人の持ち時間も10分へと短縮されました。もはや要約をしゃべるだけ、見せられるのはデジタルマテリアルのみ。制約が多すぎで、逆にプレッシャーも何もない感じで迎えたプレゼンでした。

 

デジタルで長い間コミュニケーションを試みてきた私たち。議論や講義をする上では、なんとか成立していたので、今回もなんとかなるだろうと思っていた。のですが、1日目を終えて、2日目の最初に教授から出た言葉は「昨日はひどかった。全然理解できなかったし、もはや辛かったとさえ言える」でした。

続きを読む

コロナ離婚的同居解消のため引越。

暑くなった、夏だなと思ったのも束の間、肌寒い月曜日。

ウィーン生活990日、3年目、3度目の引越しをしました!

 

朝からエレベータのない5階から荷物の搬出をしたせいで、周りがコートを引っ張り出している中、汗だくで上り下り。運ぶ荷物の重さよりも、階段に疲弊してきてとにかく両手いっぱいに抱えて回数を減らそうと試みましたが、しっかり筋肉痛です。友達が3人車を出して手伝ってくれたので、引越し自体は1時間で終わりました。車で10分のところに引越したので。小さい町だなウィーン。

 

解決できそうな悩みは解決していかないと、次から次へと新しいハプニングがやってくる異国の生活。以前も書いたように「文句言ってる自分に一番疲れる」を解決するべく、5月の中旬には本気の家探し。ロックダウンが開けたばかりで、見つかるのか不安が募っていましたが、無事見つけることができました。

 

続きを読む

30代社会人だった私を助けてくれた奨学金。

過去の記事にコメントをくださった方がいらっしゃり、そうだ!共有していなかったなぁと思い、簡単に記事にしたいと思います。

 

kiikiii.hatenablog.com

 先にお断りしておきますと、面接の内容などの選考に関係することはお答えしかねます。というのも、私の個人的な印象ですが、理事の先生方は一人ずつのお話に耳を傾けてくださり選考してらっしゃると感じたからです。私は特にいろいろ対策を練って、どうしたというのはありません。そのままのことを書いて、面接に呼んでいただき、そのままのことをお話ししました。あくまで個人的な感想です。何より、正直なところ今も私の時と同じような方法で選考しているのかなど、さっぱりわからないので余計なことは考えずに、そのままのご自身で応募されるのがいいのではないかと思います。

 

というわけで、私がウィーンの留学に際して2年間お世話になったのは、「公益財団法人重田教育財団」が提供してくださる給付型の奨学金です。こちらにリンクを貼っておきます。現状は今年の締め切りは6月30日のようです。*6月9日時点。

s-ef.or.jp

個人情報の特定を少し危惧していて、ブログに詳細を書くことがなかったのですが、社会人の方は特に、本当に条件の合う奨学金を見つけるのが大変だと思うので、みなさんが私の個人情報など特定しないと信じて。笑。シェアするべきだなと。

 

私はもう受給期間の2年をすぎていて、今はウィーンでアルバイトと、在籍しているウィーンの芸大からの奨学金で生活しています。

 

募集要項を読んでいただければわかる通り、年齢や現在の所属についての縛りがない珍しい奨学金です。私の同期生5名は年齢も専門も国も在籍する学位もバラバラでした。ただ一貫して、当たり前ですがモチベーションの高い方ばかりで、時々ある、近況を拝見するたびに刺激をもらっていました。

 

応募時点の縛りもなければ、受給後の縛りもありません。

その分、不思議といただいた支援に見合うだけのことを吸収して成長しようと思う次第です。理事の先生方もとても寛大と言いますか、寄り添った言葉をくださり、私のウィーン留学の背中を押してくださいました。

 

心の底から、本当にご支援に感謝しています。

そういえば、過去のブログにも書きましたが。受給生に選んで頂いた時に、そう感謝をお伝えしたら財団の方から「後進の発展の為にも、ご自身の道をどうぞ邁進してください。あなたをサポートできることを誇りに思います。」という言葉をいただきました。そしてその言葉通りの手厚いサポートをいただきました。

 

あとは、自分がそれに見合う未来を見せられるかどうか、でしょうか。

2年しか、ともし思われる方がいらっしゃったら、2年も経てば現地で生活費ぐらいなら稼げるようになるでしょうし、欧米圏の大学は豊富な奨学金や特に経済的困窮にある学生にはシンプルなプロセスの奨学金を用意している場合が多いです。今、現地のことを調べる時間も知識もコネクションも足りなくて不安に感じていても、現地の生活の中でそういう知恵や情報は得られるものです。何より、自身のステータスが正規の学生になることで、応募できる奨学金が増えるので、とにかくなんとかして入学から1年の経済的目処を立てて飛び込んでみる!というのも一つの手です。

 

日本の大学のシステムはよくわからないのですが、例えば私の在籍する大学は、明確な理由があれば1セメスター入学を延期することについての相談に乗ってもらえる場合があります。日本のように親の支援で大学で勉強できる学生はごくわずかです。1セメスターは授業を最小にしてお金を稼ぐ、次のセメスターは集中して単位をとるというスタイルの学生もいます。日本のように入学したらノンストップで卒業する学生の方が少ないです。我々にはビザというまた別の縛りがあるので、一概にはこれを採用できるとは言えませんが(フリーセメスターを挟むとビザの更新に引っかかる場合も考慮しなければいけません)。何が言いたいかと言いますと、最初から諦めないで声に出して誰かに相談してみる、大学にメールを書いてみる、という選択肢もあるということです。

 

なんて無責任なアドバイスをするんだ、と思われるかもしれませんが。実際私がそうやって始まりました。今年の秋にはインターンに出られるし、頑張ればあと1年での卒業も見えてきました。入学許可を受け取った時は「でもお金ない…」と一瞬呆然としましたが、なんとかなっています。

 

応募するのはただですから、ぜひ挑戦してみてください。

本当に、本当に心から応援しています!

 

カルチャーショック、ウィーン編。第二弾。

ここ最近、ちょっとつき刺す系のことばかり書いてきたのにもかかわらず、読んでくださった皆様ありがとうございます。ご意見いろいろあるかと思いますが、何しろ目にとめて下さったことに、ただ感謝している次第です。私の弟も金曜日は、はるかオーストラリア(ややこしい)でデモに参加していました。

 

そういえば、秋にはウィーン生活4年目が見えているのですが。以前書いたカルチャーショックの続編なるものをちょっと書いてみようと思いまして。

第一弾はこちら。もう2年前ですね。 

kiikiii.hatenablog.com

 

ウィーン生活3年目。

ここで私の「どうでもいいけどカルチャーショック第二弾」をお届けしたいと思います。

続きを読む

#black lives matterに寄せて。6歳の私の友人。

この3日間、アルバイトに行ってもお客さんがいません。店長もこんなことは、この数十年で初めてだと驚いていました。コロナ不況でしょうか?多分この数日に関しては違う理由があります。

 

#black lives matter

 

このハッシュタグとともに、多くのソーシャルメディアで真っ黒のスクリーンを目にしていると思います。ここ、ウィーンでも大きなムーブメントとなっています。今日の夕方、デモが行われます。

 

どうして、何万マイルも離れたヨーロッパで賛同したデモが起きているのか、日本に暮らす人には不思議にうつるかも知れません。私は、この状況からキング牧師の言葉を思い出しました。

 

"In the end, we will remember not the words of our enemies, but the silence of our friends."ー結局、私たちは敵の言葉ではなく友人の沈黙を覚えている。

 

時々、ここでクラスミーティングが途方もなく長い!と言う愚痴を書きます。笑

理由はとても明白で、全員が意見を述べるからです。たとえ誰かが先に言ったことでも、自分の言葉で、繰り返しになろうとも発言します。発言することが、出席した責任だとみんなが考えているからです。手を挙げた多数決は行われません、全員の意見を言葉で聞き終わって、それが多数決という認識です。

 

今回のウィーンでのデモには、私の友達のほとんどが参加しています。

私はアルバイトのシフトを飛ばすわけにもいかないので、筆で参加することにしました。身体的アクションの持つパワーには劣るかも知れませんが、沈黙しない、そう思い昨日facebookに英語でポストしました。そして、ここで、日本語の上で、もう一度書いています。なぜなら日本語で書くことにも意味があると思うからです。

 

あなたが日常で受けている差別は果たして個人的問題だけだと思いますか?私は多くは社会的構造が引き起こしている、そう感じることが多いです。自分が差別的だと思う言動や行動を受けた時に、相手が果たしてどこまでそう理解しているのかわからない、そう感じることが多いから。相手にしてみたら、その行動も言動も、その人にとっては、今まで社会の中で容認されてきたことで、問題意識がない場合があります。そして、人間というのは不思議なもので「類は友を呼ぶ」かのごとく、容認されているグループの中で生活してしまうものです。

 

私も自分に対する自戒として、そういう言動を自分がしてきたと言う認識があります。日本で暮らしていた時、自分が誰かに「結婚したくないの?」と聞かれても「結婚したいですか?」と自分が聞くことも、センシティブだとは理解していても差別的だとまで理解していませんでした。でも外で生活する中で、誰一人としてそんなこと聞いてこない環境に身を置いた時に、あぁ私は誰かを無意識に傷つけていたし、ジェンダーに対する意識が著しく低かったのだと反省しました。でも当時の自分の生活圏でそのことを指摘してくれる人はいませんでした。相手から抗議されることすらありませんでした。私は沈黙の上にあぐらをかいていたのだと思います。

 

こういうムーブメントは、政治活動が好きな人が理由を見つけて行っていると思う人がいたら、「こういうムーブメントぐらいしか、そういうコミュニティに届かないから行うのだ」とお答えしたいです。誰かが命を落とした後の抗議活動など、そんな手遅れで悲しいことに嬉々として参加などしたいわけがありません。本来は、最悪の事態になる前に平和的解決をする機会が必要なのだから。

 

私がFacebookで日本語の投稿が多いのは、明らかに日本人に届けたいという衝動からです。英語を話す、もしくはドイツ語でコミュニケーションをとる、私の今の環境の人たちとは、すでにとてもナチュラルにそういう問題意識を共有できていて、反面、日本の友人とはそれが出来ていない。だから伝えてみたい。そういう思いと常に戦っています。私も日本でごく一般的な義務教育を受けてきたので、そういう私の行動が、うるさく、めんどくさく、海外かぶれにうつることも十分理解しています。でも、昨日も書いたように、そんなことで保身に走り沈黙する自分を卒業したいのです。

 

私は昨日、Facebookにこう投稿しました。

私が何を言うかより、どう言うかの方が重要である、と。自分の差別体験をつらつらと書き連ねても、結局それに反応し一緒に戦ってくれる人は、もうそういうものと向き合う耐性のある勇気のある友人たちです。私は日本の友人たちにどうしたら届くのか、考えた時にポジティブに書くことを選びました。現実を恐れず、本当は向き合い沈黙を破って欲しいです。でも、私が日本という国の文化と国民性を知っているからこそできるアクションもあるのだと。私たちの世代からでも積み重ねて、日本もいつか、勇気のある国になるのだと、そう信じています。

 

私の6歳の友人。彼女のお友達が家にやってきたときのこと。同じく6歳の男の子は私を見て、彼女にこう聞きました。「掃除の人?ドイツ語話せるの?」と。それは訝しげな顔で。彼女は淡々と「kikiだよ。一緒に住んでるし、ドイツ語を話すよ」

私はこの紹介がとても嬉しかった。6歳のマリーはお寿司が大好きで、ウィーンに遊びに来ると「お寿司食べたい〜」の自作の歌を歌うくらいです。でも彼女はいまだかつて「kikiはどこから来たの?」とも私のドイツ語がちょっとおかしいことも、髪が黒ことも何も聞きません。ただ後手にUNOを隠して、私に近づいてきて遊べるか様子を伺い、私の発音が悪いドイツ語もそのまま受け止めます。

 

マリーがそう私を紹介した後、この男の子も「そうなんだ」と言ったきり、何も聞きませんでした。ただ私に自分たちが出来ないことをせがんで、一緒に遊んだだけです。アルバイトに行く時間になり、靴を履いていたら、二人が手にお姉ちゃんのキラキラのマニュキアを持ってやってきて「これ僕たちに塗って!kikiは絵が上手だから塗れるでしょ!」と。キラキラしたピンクのマニュキアを小さな爪20本に塗って、私は危うくバイトに遅刻しかけました。でもそれも、今も記憶に残るくらい、いい思い出です。

 

マリーは何かを意識して、私にいつもフラットなのではなく、彼女はそもそもフラットなのです。私を大事にしてくれる、ここにいる友人たちはとてもフラットです。

 

私はそうあることも、一つのデモクラシーだと思います。今日のデモは、こういう問題に気がついていない人たちに届けるための大きな行動です。そしてこの長く苦しい、醜い差別問題を全員が当事者意識を持って関心を寄せ、乗り越えようと強く思うべき時だという警報でもあるでしょう。でもマリーの行動も同じだけのインパクトを当事者に与えます。私は、今日も明日も、ただ人として、人と接することで、隣人とデモクラシーを継続することが出来ると信じています。

 

そして、それはシャイな日本人にとても合った行動理念のような気もします。

デモに参加してプラカードを掲げなくても、出来ることです。今日知って、心に留めるだけでもいいのです。何が差別なのか、そのアンテナを持っていることがとても大切だと思います。

 

 

全ては結果論なんだけど、それでいいのか自問自答。

絶賛引っ越し先を検索しながら、例年通りのセメスターの期末が始まってバタバタしています。引っ越しする余裕あるかな?メンドクセーなと思うたびに、同居人の「バタ!」という信じられないドアの開閉音に目が覚めます。笑。

 

ソーシャルディスタンスを守るため、最初はビデオで初めましてのインタビューを行うフラット探し。卒業まで最短1年の私に向けられる質問は共通しています。

 

「卒業したらどうするの?」

 

就活みたいです…したことないけど。

正直、この年齢で大学を、マスターを卒業するって身を削る思いなので、もう卒業後っていうか、卒業できるか?が目下の課題なので。その先などさっぱりです。もう日々の明日までにこの400ページ読み終わる?図面今週中に上がる?来週から制作入れる?の繰り返しで、並行して毎日のオンライン授業を理解する労力で、燃料切れです。

 

もう一つは、まだ現場でのインターンに入っていないので、果たしてウィーンの働く環境に自分がどうハマるのか、想像がつきません。そちらはとりあえず、来週から劇場のアトリエが再開し本格化します。もう3年のようで、たかが3年なのです。

続きを読む

コロナ離婚的同居解消。何もなかったとはならない、新しい生活。

引っ越しを決意しました、こんにちは、kikiです。

 

先日の生活スタイルが合わないルームメイトの話。予想通り3日後には友達を5人連れ込み、朝までうるさい。オブラートに包んだのが悪かったと思い朝方4時、その時にはっきりとメッセージで「頼むぜ、ちょっと静かにしてほしい」と送りました。朝方7時、みんなが帰った頃に、「私が呼んだわけじゃない、来ちゃったんだ」という言い訳の返信が届いたのですが、これは彼女の常套手段なので「理解できるけど、眠れなくて困るのでできれば3時以降は自室で過ごせない?(それでも十分うるさい)」と提案。

 

さて、彼女は1年半優しかった、もとい無関心そうだった私が、突然モノを申したことにびっくりしたのか。めちゃくちゃでかい声でその日から友達に電話しては「私は静かにしてるのに!変なドイツ語の言葉(聞きなれない)とか使っちゃってキモいんだよね〜」という文句をまくしたてている。私のリスニング能力もなめられたものだな。

 

…おっけーーーー。これは生活スタイルの問題ではなくなったな。反則技だ。

続きを読む