他人の家で料理したり、服を着たりするわたし。
8月13日水曜日、なんの日でもない2024年、ドイツ。
体重65Kg
気がつけば最後に投稿してから半年が過ぎていた。
とても色々なことがあった半年だった。色々起きては過ぎ去るそのスピードを言葉にするまでに半年かかったのかもしれないし、夏季休暇に入って3週間、自分で何かを言葉にする回路が戻ってきたとも言える。
思い返すと、10年以上ぶりに、完全に一人で暮らしている。
色々な国を行き来し、移動が多く、また常に同居する誰かのいる生活を長いこと送ってきた。
去年の12月から一人暮らしを始めて、今年は一時帰国せずに長い6週間の休みを一人で過ごすことにした。夏休みに入る前にそれぞれ違う友人何人かと旅行の計画をたて始めていたが、具体的な話になる前にキャンセルした。理由は一つではないけれど、一人になってみようと思ったのかもしれない。
話は前後するが、7月にわたしが舞台デザインと衣装と、そういゆう全部のビジュアル要素をデザインしたというかコンセプトから制作の最後までわたしの名前の元で作られた作品の初演を迎えた。デザイナーという方法論は学んでいないので、恥ずかしげもなく、アシスタントではなくアーティストとして海外の仕事で初めて名前が世に出て、新聞や演劇誌に批評文が出て、お金をいただいた。
もう隠しようもないから、言ってしまえばわたしはあるドイツの国立劇場のドラマ部門の舞台美術衣装、要はビジュアル制作のアーティストアシスタントをしている。ドイツ語圏の舞台デザインや衣装デザインは現代美術家みたいな人が担当するケースも多い。日本で言う職業デザイナーではない分野で、作品ごとに外部からゲストで招かれる。わたしはその人たちと劇場のアトリエなどの橋渡し的調整役で、全部の部署と連携をとる、いわば何でも屋だ。ビジュアルリサーチもするし、手を動かすこともあれば、ひたすら議事録やドキュメントを作成したり図面直したり、リハーサルに参加したり、なんでもする。この仕事は芸術枠の契約書がまかれた公務員採用で月給制だ。ややこしい。
その働いている劇場から仕事のポジションとは別で、アーティストとしてデビューのチャンスを頂いた。たまたま気の合う演出部のアシスタントがいて、その子と二人でデビューステージを用意していただいた。
批評は自分で言うのもなんだが、すこぶるよかった。演劇誌の専門家の批評文では最初の2ブロック舞台美術のコンセプトについて手放しに良い評価を書いてもらった。舞台美術について最初に詳細まで触れ、コンセプトまで書かれることはそうそうない。たまたま、というかクイア演劇だったから目新しさもあったのかもしれないが、有名な哲学畑の批評家がわざわざ来ていたから、運が良かったのかもしれない。すっかり丸っとコンセプトを解釈して咀嚼してくれた。わたしの仕事におけるコンセプト説明より明快だった。プロは違う。
学生の頃は、コンセプトが難しいとよく横槍を入れられたが、ちゃんと機能したみたいで。実は期待していなかったので、棚からぼたもち的な嬉しさがあった。自分の作品を細部までみようとする人がこの世にいてくれた。たとえそれがその人の仕事でも、嬉しかったのかもしれない。
それ以上に、観に来た劇場の人たちの反応もすこぶるよかった。評判を聞いて、最後の通し稽古を普段は観にこないような人まで来てくれて、まぁアシスタントで身内だから、身内贔屓はあるけれど、それぞれ心に残るものがあったのなら、それは本当に嬉しい。
初日以降、劇場ですれ違う、様々な人から「成功おめでとう」と声をかけられた。どうもわたしは、ドイツのデビューに成功したらしい。ついでに見にきていた別の演出家からお声がかかって、次のオファーもきそうだ。実現するかは別として、デビューにしては上出来だったようだ。
初日の夜、劇場に向かいながら、もしかしてわたしは夢を叶えるために今歩いているのかもしれないと思うと少しふわっとした気持ちになった。ウィーンに渡る前に日本の奨学金の面接で「夢を叶えるために役立ててください」と言ってくださった面接官の顔を思い出したし、出発日直前に自宅にあったユーロの札束を袋に詰めて、わたしを赤提灯に飲みにつれて行ってくれた20歳からお世話になっている人の顔を思い出した。ウィーンに行く一年前カナダに飛ぶわたしを空港まで見送りに来てくれた当時の上司と同僚の顔を思い出した。ウィーンの大学でお世話になった教授や先生、友人の顔を思い出した。そして母の顔も。
誰も見に来れない。でも、わたしを知らない誰かが作品だけを見にくる。不思議だった。
7年での成果は出たみたいだった。だからと言うわけではなく、初演の1ヶ月前に来年のシーズンの半ばで退職したい旨を上に伝えていた。おそらく1月末の初演作品まで2つか3つの作品をアシスタントして、終わるはずだ。
住居を日本に移そうかと考えている。
長いこと考えてきて、何度もここにも書いてきたけれど。
なんとなくそろそろな気がしていた。
実際に作品を作ってみて、思うこともあった。
わたしがここでドイツの税金からお給料をいただいたり、表現の場をいただいたり‥
そう、場所を借りている。そういう気持ちが永遠と消えない。
実際にドイツの国立劇場で作品をレパートリーとして発表するからには、ドイツ向けの制作がある程度求められる。もちろん日本の劇場芸術をしている人からすれば、金銭的な負担がない状態でデビューできるのだから、かなり恵まれている。ゲストハウスに招かれた感じだ。
この場所を借りている、と言うのはポリティカルで教育的な背景に寄りかかっているとも言ええる。日本でクイア演劇を前提条件なしにどの程度、またどのような発表の場があるのかわからない。でも少なくともドイツで出会ったインターナショナルな制作チームに事前に前提条件を説明する必要はないし、クイアなチームを組むことも可能だった。ジェンダーやクイア論について一から説明を求められない制作環境を借りている、その感覚があった。それは観客にも言える。少なくとも先の批評家も含めて、批評文を出す方もある程度その知識がある人を送り込んでくる。
違う言い方をすれば、この先も、どんなテーマであれ、作品であれ、わたしはこの西洋スタンダードに寄りかかることができる。ここにいる限り。実際わたしの制作基盤の大きな部分はこの西洋スタンダードに担保されてもいる。なぜなら西洋式の芸術方法論的なものを大学で勉強してるから。
今日全部、ここで言語化できない。
でも簡単に言えば、他人の家で、他人の調味料とかお皿を借りて、自分の料理を振る舞っていると言う感じがずっとしている。素材は自分が用意してるし、料理自体はわたしがしているのだから、美味しいねとみんなわたしにコメントしてくれるんだけどね。そんな感じ。
それがモヤモヤし続ける原因だと学生の頃からわかっていた。
日本に帰れば解消されるのかはわからない。でも根無草的な生き方の、限界のボーダーライン上に立っていると言うはっきりとした感覚がある。
とりえあえず、1月末まで半年弱あるので日本に帰る前提で色々考えたり調べたりするつもりだ。正式な退職届は次のシーズンに入ったら書くことになっている。もちろんドイツに残る可能性もゼロじゃない。上司には、違うポジションでも残りたいなら残って欲しいとも言われている。ありがたい。なんにせよ、可能性がないことなど、ない。
なぜ冒頭で体重を書いたかという、ダイエットを始めた。
1週間くらい前の暑い日に身体が重くてしんどくなって息切れした。
ウィーンに来る前は大体52Kg前後だったのが、7年で13Kg増えた。
正確に言うと、卒論と制作の時に6Kgぐらい増えて、ドイツに来てから7Kg増えた。
長いこと不眠に悩まされてもいたので、何かしら薬で食欲が増進された可能性もあるし、単純にスポーツもしない、加齢による代謝の低下もある。と言うか多分それだ。
加えて、社会的なプレッシャーから解放されたと言うのもあったと思う。
どんな見た目でもコメントされない。西洋の芸術畑は、知るところドイツ語圏においてはルッキズムについて知識のある人が90%というかほぼ、本当に年代性別問わずほぼなので、ネガティブに容姿についてコメントする人はいない。いや、ほぼいない、とかじゃなくて、いない。わたしの経験上。
日本で暮らしていたときは、親にすら、見た目についてコメントされていたのである程度プレッシャーがあったのだとも思う。
で、話を戻して、息切れにショックを受けて、体力をつけることと、一度健康的な重さに戻そうという決意のもと、ダイエットを始めることになった。
それを言語化して記録してみようと思っている。
と言うのも、ルッキズムについての知識はわたしにもある。なんならフェミニズム論やジェンダー論は大学で好き好んで違う専攻の教授の授業までじゃんじゃんと参加していたので、なんならわたしの専門分野でもある。
このセミプロみたいな立ち位置のわたしが、ダイエットに踏み込んだその心情に興味がある。
もしかしたら、半年後に日本に帰ることへの恐怖心からかもしれない。
今の自分の身体はドイツでは恥ずかしくないのに、日本では恥ずかしい容れ物なのだろうか。
身体というのは、社会との関係によって、自分の中の是非が変わるのはもちろん
教育された人間でも、それに抗えないものなのだろうか
もしダイエットで結果が出たら、わたしは何を思うのだろうか
人の家で料理をするのが嫌だと知っていながら
人の家のSサイズしかないクローゼットの服を着ようとしているのだろうか。
考えすぎなのは、わかっている。ただの性分だ。
そんなわけで、知り合いも読んでいるここで人生最大の重量を最初に晒してみた。
でも、今のところ恥ずかしくはない。目で見れば、あぁまぁそんなくらいだよねってわかるしね。体重という数字が上がり続けるのはずっと見てきたけど、ダイエットするには至らなかった。でも息切れは別。体力無くなったら、それは大変。
とりあえずは、ドイツにおいては見た目の問題以外の理由から始まったダイエット。
どうなるんでしょうか。
目標体重とかはないです。とりあえず息切れしなくなるまで。1時間は楽に歩けて、走っても足に負担がかからない重さまで戻ったらいいかな。
明日はイミグレーションにVISAの更新に行ってきます。
明日はもう少し涼しいといいな。

全然関係ないのですが、スーパーの入り口で出会った可愛いこ。
顔が絵文字の🥺にそっくりでつい。ごめんよ、勝手に。でもかわいい。