年齢や場所に縛られないで生きてみたいという夢の話。

ご無沙汰しています、KiKiです。

なんだか色々なことが一度に起きてバタバタとしていたら、もう7月でした。

 

今日はこっそりとした、お知らせです。

実は、新しい夢に向かってサイト運営を始めました。

 

uminosotode.com

最初に「うみのそと」について。

このブログをはてなブログで始めて、6年目になりました。特にこれを生業にしようと思っていないので、いつもダラダラと日々のことを書いてきました。ただ、アクセス解析を見ると、意外とここに情報をめがけてやってきてくださる方がいるんだなということが気になってはいました。このダラダラ話の中から情報探すの、大変だろうなって。苦笑。

 

時間ができたら整理したいな、というのはここ数年ずっと思っていました。

デンマークから換算すれば、8年くらいは欧米圏をベースに生活していて、沢山の失敗や苦労をそれなりにしてきました。そこで学んだことが、誰かの役に立つなら、オープンソースとして整理して残すのは自分にとってもいいなと思っていました。

 

ただ、今までは、サイトを運営するほど時間が無くてずっと放置していました。でも、今、自分が落としてきた色々な点を線で結んでみようという気持ちが芽生えました。そういう意味で、サイト運営、メディアをつくる方法を学ぶために、まずは自分が持っているリソースで始めて、失敗したり、成長したりしてみよう。それがこの「うみのそと」が留学やワーホリ情報をメインに据えた理由です。

 

高校生の時に、興味本位で取っていたプログラミングの授業がここで活かされるとは思いませんでした。当時はメモ帳を開いて一文字ずつC言語を打ち込んでホームページやゲームを作らされて、これはもう二度とやらないだろうと思っていました。笑。

 

そんなことを思い出しながら。

これはこれで、一生懸命やっています。

自分のことではなく、将来これを読んでくれた人の役に立ったらいいなという気持ちで文を綴るのは、また違う楽しさがあります。

 

ただ、留学やワーホリの情報屋になりたいのか、ブログ収益で生きていくのかと聞かれると、今目標にしていることは少し違います。

 

 

大学を卒業してから、博士課程に片足を突っ込み、目につくものに応募したりインタビューに呼んでもらったりしながらこれからのことを考えています。

 

色々な会社の人や研究所、つまり私を管理してくれるであろう人々に出会うたびになんだか不思議なもやもやがありました。「こういう状況を何歳まで続けるんだろう…もし80歳まで生かされるとして、あと40年以上あるよ…」と。

 

特に日本にベースがあって、日本だけで活動している状況の人々と中々うまく折り合いがつかなそうだということも実感が湧いてきました。

 

話が逸れますが、少し前に日本からの招待作品をウィーンで観劇する機会があり、日本のアーティストトークを久しぶりに聞きました。驚くほどに、ウィーンの観客と、作り手の日本人の方の間にすれ違いのような溝があって。どちらも間違っていないのだけれど、住んでいる世界と見ているものがこんなにも違うのだということを客観的に理解する機会になりました。同時に、私が日本にすべてを埋めるのが難しいだろうという気持ちが強くなりました。

ここで5年間、働いたり、高等教育を受けた私の感覚は、かなりその狭間的な要素があるものの、例えばフェミニズムやポリティカルな面では西洋からの流れが強いのだと思います。デンマークで目の当たりにした移民問題も、カナダで体験した多様性のある社会も、もはや私の一部で、もう外国の話ではなくなってしまいました。

 

たぶん、小さな変化を日々積み重ねていることに不安がありました。それが卒業してみて、もう積みあがってしまったのかもしれないと。だから、別にヨーロッパで悠々自適に生きてるわけでもないのに、このままだと、日本の社会にもう馴染めないのではないか。私の作る作品を見る人々はどの文脈の人なのだろうか、日本の人には届かないのではないか。かといって、ヨーロピアンの真似事も出来ない。

 

なんでこんな複雑な場所に迷い込んでしまったのだろう。

 

ただ、もう遅いのだということを受け入れようと思います。

私はもう、日本の典型的な縦社会の組織では働けないと思います。でも、ヨーロピアンでもないので、ここでどれだけの年月を過ごしても、外の人であることは変わりません。だから、外の人の曖昧さの中で生きる術を持ちたいと思います。

 

私の一番の不安は、色々な国や社会を行き来するたびに、何かが振り出しに戻ることです。日本に帰ったら、もうそれまでのヨーロッパでの流れが途切れてしまうのは、もはや私のアイデンティティのいくらかを失うことに等しい。でもどこかのタイミングで一定期間、家族の老後を見届けるために日本に帰ることになります。そうやって身体がどこかに地理的に固定されても、自分が自由でいる必要があります。

 

私がこれから数年かけてやりたいことは、住んでいる場所に依存しない、自分の自由なプラットフォームをゆっくりと組み広げることです。

 

どこかの誰かが一生懸命つくってくれた、そういう何かに借りぐらしを続けるのではなく、自分で誰かや何かを包括できる、そういうプラットフォームをつくり始めようと思います。そういう意味で、組み上げて高みを目指すのではなく、組み広げて、誰でもアクセスできるのがいいなと考えています。

 

卒業してから、ここでなんだかごちゃごちゃ書いていたけれど、実はやっぱりそれが本心だったみたいです。私は私にぴったり合うどこかにある箱を探すのはもうやめて、自分で自分が自由でいられる箱を作り始めようと思います。それは決して大きくなくていいし、すべてをオールマイティにしなくていい。ただ自分が役に立てるぐらい好きなことを沢山やれて、それで人と嘘偽りなく繋がれる場所。

 

最初は日本語で初めて、ゆっくり英語を交えたオンラインメディアのようなものを作って、それがゆくゆく、これもゆっくりリアルの空間に広がっていったらいいと思います。今立ち上げたサイトは、そのスタートの一つ目です。ここから色々とメディアの作り方を自分なりに学んで、2つ目は自分の専門分野に特化したメディアをつくれたらいいなと思います。2つ目はそれなりに準備に時間がかかると思いますが、今はワクワクしています。

 

地理的な要素を超えた居場所をつくってみよう。発信してみよう。

そうやって腹が決まったのはじつはほんの数週間前でした。でもこの半年、博士課程で毎日文を書いては読んで、読んでは書いて、しながら悩んでいたことの答えが出たような気がして、とてもすっきりしています。

 

博士課程は、一度休憩に入ろうと思います。メンターの先生方とも、ざっくりそんな話をし始めています。そもそも2つ目のメディアの素案は私の博士論文のテーマでもあります。そちらが動き出してから、またどこかでアカデミアにも顔を出すかもしれません。

 

とりあえず、秋までは作品制作やリサーチと並行してサイト運営を自分でやってみようと思います。合間、合間で仕事のお誘いもあるので、それにも顔を出しながら。生活費も稼がないといけないし、そもそも作品制作に必要なことでもっと学びたいことがありますしね。ただ、最終的な行き先が一致したのでうまくバランスがとれそうです。取れるようにガンバリマス。

 

なんせ、40歳まであと3年、いまだに新しい夢を掲げちゃう夢想家なので。

一つずつ、ゆっくりと、点が線になることを願って続けようと思います。

 

今日はそんな、お知らせでした。

ここでは、これからも相変わらず徒然日記を続けます。

試験的に広告が流れていますが、お勉強がすんだら、広告掲載は外そうと思います。ここは、このまま個人的な場として居続けてほしいと思っているので、そうやって今まで通りみなさんとも、ゆるく繋がれたら幸せです。

 

もし情報だけ読みたい方は、あたらしいサイトが見つけやすいと思います。まだ試行錯誤中でお見苦しい部分が多々ありますが、気になることがあればコンタクト取ってご意見ください。長々と読んでくださりありがとうございます。