カルチャーショック、ウィーン編。第二弾。

ここ最近、ちょっとつき刺す系のことばかり書いてきたのにもかかわらず、読んでくださった皆様ありがとうございます。ご意見いろいろあるかと思いますが、何しろ目にとめて下さったことに、ただ感謝している次第です。私の弟も金曜日は、はるかオーストラリア(ややこしい)でデモに参加していました。

 

そういえば、秋にはウィーン生活4年目が見えているのですが。以前書いたカルチャーショックの続編なるものをちょっと書いてみようと思いまして。

第一弾はこちら。もう2年前ですね。 

kiikiii.hatenablog.com

 

ウィーン生活3年目。

ここで私の「どうでもいいけどカルチャーショック第二弾」をお届けしたいと思います。

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#black lives matterに寄せて。6歳の私の友人。

この3日間、アルバイトに行ってもお客さんがいません。店長もこんなことは、この数十年で初めてだと驚いていました。コロナ不況でしょうか?多分この数日に関しては違う理由があります。

 

#black lives matter

 

このハッシュタグとともに、多くのソーシャルメディアで真っ黒のスクリーンを目にしていると思います。ここ、ウィーンでも大きなムーブメントとなっています。今日の夕方、デモが行われます。

 

どうして、何万マイルも離れたヨーロッパで賛同したデモが起きているのか、日本に暮らす人には不思議にうつるかも知れません。私は、この状況からキング牧師の言葉を思い出しました。

 

"In the end, we will remember not the words of our enemies, but the silence of our friends."ー結局、私たちは敵の言葉ではなく友人の沈黙を覚えている。

 

時々、ここでクラスミーティングが途方もなく長い!と言う愚痴を書きます。笑

理由はとても明白で、全員が意見を述べるからです。たとえ誰かが先に言ったことでも、自分の言葉で、繰り返しになろうとも発言します。発言することが、出席した責任だとみんなが考えているからです。手を挙げた多数決は行われません、全員の意見を言葉で聞き終わって、それが多数決という認識です。

 

今回のウィーンでのデモには、私の友達のほとんどが参加しています。

私はアルバイトのシフトを飛ばすわけにもいかないので、筆で参加することにしました。身体的アクションの持つパワーには劣るかも知れませんが、沈黙しない、そう思い昨日facebookに英語でポストしました。そして、ここで、日本語の上で、もう一度書いています。なぜなら日本語で書くことにも意味があると思うからです。

 

あなたが日常で受けている差別は果たして個人的問題だけだと思いますか?私は多くは社会的構造が引き起こしている、そう感じることが多いです。自分が差別的だと思う言動や行動を受けた時に、相手が果たしてどこまでそう理解しているのかわからない、そう感じることが多いから。相手にしてみたら、その行動も言動も、その人にとっては、今まで社会の中で容認されてきたことで、問題意識がない場合があります。そして、人間というのは不思議なもので「類は友を呼ぶ」かのごとく、容認されているグループの中で生活してしまうものです。

 

私も自分に対する自戒として、そういう言動を自分がしてきたと言う認識があります。日本で暮らしていた時、自分が誰かに「結婚したくないの?」と聞かれても「結婚したいですか?」と自分が聞くことも、センシティブだとは理解していても差別的だとまで理解していませんでした。でも外で生活する中で、誰一人としてそんなこと聞いてこない環境に身を置いた時に、あぁ私は誰かを無意識に傷つけていたし、ジェンダーに対する意識が著しく低かったのだと反省しました。でも当時の自分の生活圏でそのことを指摘してくれる人はいませんでした。相手から抗議されることすらありませんでした。私は沈黙の上にあぐらをかいていたのだと思います。

 

こういうムーブメントは、政治活動が好きな人が理由を見つけて行っていると思う人がいたら、「こういうムーブメントぐらいしか、そういうコミュニティに届かないから行うのだ」とお答えしたいです。誰かが命を落とした後の抗議活動など、そんな手遅れで悲しいことに嬉々として参加などしたいわけがありません。本来は、最悪の事態になる前に平和的解決をする機会が必要なのだから。

 

私がFacebookで日本語の投稿が多いのは、明らかに日本人に届けたいという衝動からです。英語を話す、もしくはドイツ語でコミュニケーションをとる、私の今の環境の人たちとは、すでにとてもナチュラルにそういう問題意識を共有できていて、反面、日本の友人とはそれが出来ていない。だから伝えてみたい。そういう思いと常に戦っています。私も日本でごく一般的な義務教育を受けてきたので、そういう私の行動が、うるさく、めんどくさく、海外かぶれにうつることも十分理解しています。でも、昨日も書いたように、そんなことで保身に走り沈黙する自分を卒業したいのです。

 

私は昨日、Facebookにこう投稿しました。

私が何を言うかより、どう言うかの方が重要である、と。自分の差別体験をつらつらと書き連ねても、結局それに反応し一緒に戦ってくれる人は、もうそういうものと向き合う耐性のある勇気のある友人たちです。私は日本の友人たちにどうしたら届くのか、考えた時にポジティブに書くことを選びました。現実を恐れず、本当は向き合い沈黙を破って欲しいです。でも、私が日本という国の文化と国民性を知っているからこそできるアクションもあるのだと。私たちの世代からでも積み重ねて、日本もいつか、勇気のある国になるのだと、そう信じています。

 

私の6歳の友人。彼女のお友達が家にやってきたときのこと。同じく6歳の男の子は私を見て、彼女にこう聞きました。「掃除の人?ドイツ語話せるの?」と。それは訝しげな顔で。彼女は淡々と「kikiだよ。一緒に住んでるし、ドイツ語を話すよ」

私はこの紹介がとても嬉しかった。6歳のマリーはお寿司が大好きで、ウィーンに遊びに来ると「お寿司食べたい〜」の自作の歌を歌うくらいです。でも彼女はいまだかつて「kikiはどこから来たの?」とも私のドイツ語がちょっとおかしいことも、髪が黒ことも何も聞きません。ただ後手にUNOを隠して、私に近づいてきて遊べるか様子を伺い、私の発音が悪いドイツ語もそのまま受け止めます。

 

マリーがそう私を紹介した後、この男の子も「そうなんだ」と言ったきり、何も聞きませんでした。ただ私に自分たちが出来ないことをせがんで、一緒に遊んだだけです。アルバイトに行く時間になり、靴を履いていたら、二人が手にお姉ちゃんのキラキラのマニュキアを持ってやってきて「これ僕たちに塗って!kikiは絵が上手だから塗れるでしょ!」と。キラキラしたピンクのマニュキアを小さな爪20本に塗って、私は危うくバイトに遅刻しかけました。でもそれも、今も記憶に残るくらい、いい思い出です。

 

マリーは何かを意識して、私にいつもフラットなのではなく、彼女はそもそもフラットなのです。私を大事にしてくれる、ここにいる友人たちはとてもフラットです。

 

私はそうあることも、一つのデモクラシーだと思います。今日のデモは、こういう問題に気がついていない人たちに届けるための大きな行動です。そしてこの長く苦しい、醜い差別問題を全員が当事者意識を持って関心を寄せ、乗り越えようと強く思うべき時だという警報でもあるでしょう。でもマリーの行動も同じだけのインパクトを当事者に与えます。私は、今日も明日も、ただ人として、人と接することで、隣人とデモクラシーを継続することが出来ると信じています。

 

そして、それはシャイな日本人にとても合った行動理念のような気もします。

デモに参加してプラカードを掲げなくても、出来ることです。今日知って、心に留めるだけでもいいのです。何が差別なのか、そのアンテナを持っていることがとても大切だと思います。

 

 

全ては結果論なんだけど、それでいいのか自問自答。

絶賛引っ越し先を検索しながら、例年通りのセメスターの期末が始まってバタバタしています。引っ越しする余裕あるかな?メンドクセーなと思うたびに、同居人の「バタ!」という信じられないドアの開閉音に目が覚めます。笑。

 

ソーシャルディスタンスを守るため、最初はビデオで初めましてのインタビューを行うフラット探し。卒業まで最短1年の私に向けられる質問は共通しています。

 

「卒業したらどうするの?」

 

就活みたいです…したことないけど。

正直、この年齢で大学を、マスターを卒業するって身を削る思いなので、もう卒業後っていうか、卒業できるか?が目下の課題なので。その先などさっぱりです。もう日々の明日までにこの400ページ読み終わる?図面今週中に上がる?来週から制作入れる?の繰り返しで、並行して毎日のオンライン授業を理解する労力で、燃料切れです。

 

もう一つは、まだ現場でのインターンに入っていないので、果たしてウィーンの働く環境に自分がどうハマるのか、想像がつきません。そちらはとりあえず、来週から劇場のアトリエが再開し本格化します。もう3年のようで、たかが3年なのです。

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コロナ離婚的同居解消。何もなかったとはならない、新しい生活。

引っ越しを決意しました、こんにちは、kikiです。

 

先日の生活スタイルが合わないルームメイトの話。予想通り3日後には友達を5人連れ込み、朝までうるさい。オブラートに包んだのが悪かったと思い朝方4時、その時にはっきりとメッセージで「頼むぜ、ちょっと静かにしてほしい」と送りました。朝方7時、みんなが帰った頃に、「私が呼んだわけじゃない、来ちゃったんだ」という言い訳の返信が届いたのですが、これは彼女の常套手段なので「理解できるけど、眠れなくて困るのでできれば3時以降は自室で過ごせない?(それでも十分うるさい)」と提案。

 

さて、彼女は1年半優しかった、もとい無関心そうだった私が、突然モノを申したことにびっくりしたのか。めちゃくちゃでかい声でその日から友達に電話しては「私は静かにしてるのに!変なドイツ語の言葉(聞きなれない)とか使っちゃってキモいんだよね〜」という文句をまくしたてている。私のリスニング能力もなめられたものだな。

 

…おっけーーーー。これは生活スタイルの問題ではなくなったな。反則技だ。

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生活スタイルが合わないルームメイトの話。

朝10時;近現代のフォトグラフィーセオリーの授業。この先生はカメラや映像機器にめっぽう強いのになぜかZOOMとは相性が悪く、必ず1度は技術トラブルで授業が中断される。そしてネット回線も不安定な先生の悪戦苦闘ぶりに、もはや日常を感じてしまう私たち。

 

13時に授業終了。お昼の準備をしながらここ1年ほどの悩みと向き合う。

 

超シンプルなんですけど。ルームメイトと生活スタイルが合わない。

たまには太字も使ってみよう。意味はありません。

ざざっと私のこの1年のしょうもない悩みを聞いてください。

 

そもそも、私がなんで家族住まいのこの家に引っ越してきたのか。

 

理由は2つ。

その1、滞在許可に付随してクリーンな契約書を出せるお家

その2、家ではプライベートを優先したいので、交流が少ない方が楽である

 

そして2つ目の条件が引っ越して3ヶ月で崩れ去ることに。

もともと越してきた当初の話では、パパと高校生の次女が平日のみウィーンに滞在し、金曜日から週末はママと三女の暮らす郊外の家へ。私は週末一人。最初の3ヶ月ほどは、それはもう静かで快適、パパと次女とも仲良くやっていました。

 

3ヶ月後、イタリアに行っていたはずの長女がウィーンに転がり込んで帰省。そのまま居座ることに(言葉が悪いですね、彼女の家ですから)。でも部屋はすでに私に明け渡しているので、リビングでの生活スタート。私はすでに1年の契約書にサインをして、さらに滞在許可の延長申請中ですぐ引っ越すにも…とびっくりしていたら、家族総出で「kikiはここに住んで!出て行かないで!大丈夫だから!」と。

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いい人のフリ。

今週は雨の多いウィーン。つかの間の晴れ間に2ヶ月ぶりに会う友達と散歩に行ってきました。街はちょっとピントのずれた日常を取り戻した様相で、私たちはお気に入りのケバブスタンドでテイクアウトをして、がらんとしたMQのベンチでちょっと遅いランチを。ちなみにMQは美術館などが集まる複合施設。

 

 

美術館の再開は6月から。この時期のMQは例年であれば、水遊びをする子供や、日光浴しながらビールを食らう若者で溢れます。まだここに人は戻ってきていない。金曜日からレストランが再開になったら、少し人が戻ってきそうであり、その準備に追われる人が右から左へ流れているのを眺めていました。

 

ケバブを食べながら、アジア人らしく「コロナ太りしたか、してないか」と言い合って。国籍で人を括ることはできないが、彼女と私は珍しくお互いのナショナリティを拠り所に、二人でしかできない話や悩み相談を良くしている間柄。彼女は韓国人。

 

彼女から「日本の選挙はいつなの?」と心配されました。

いまだかつて、海外生活で母国の選挙日程について質問されたことなどないけれど。でも驚きもないです。私の知る限りドイツ語圏、英語圏、そして韓国では「日本の政権やべーな」なる報道がなされているので、シンプルな質問であるし、そのベースに「政権交代したほうがいいんだよね?」が暗に含まれているのを感じる日々です。ドイツ語圏出身の友達(多数)にも、電話で最近どう?という流れで、私は元気だけど、両親が住む日本が心配だよ〜と答えると、即答で「そうだよね、うん、そりゃそうだ。いろいろニュースで見るよ」と返事が返ってくるわけで。やべーのだ。

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オフラインボタンのアップデートを心待ちにしている。

11時から20時まで友達と月曜日のプレゼン資料を、友達の自宅の中庭でやってきた。グループワークなので、今まで最大限zoomでの準備に励んでいたが、相手の強い希望により対面で最後の仕上げへ。室内はまだちょっと怖いので、屋外にて。天気が良くて、気候もいいので助かるが、いやはや疲れた。まだ終わっていない。

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頭が湧いて欲した糖分。

 

ロックダウンが明けて、外出が明らかに増えたので、せめてもの思いで、帰宅時、部屋に戻らずシャワー直行の習慣がもはや義務化しつつあり。シャワーまでが外出に含まれる。これも疲労の一因だが、今日新たな現象を確認。

 

と言うのも、こんなに長時間人と話したのは久しぶりで、それはロックダウン前に遡るわけで。何が起こったかというと、表情筋の筋肉痛です。これには心底驚いたのと同時に、3月からどれだけ自分が笑っていなかったか、と言う結論に至ったわけです。

 

先日もちらほら書いた通り、基本的に家にこもっていた期間のコミュニケーションのメインツールは電話でした。毎日授業をオンラインで受けていますが、それはまぁ真顔で聞いており、電話に関してもおそらく真顔で口だけ動かして、声のトーンで喜びを表現していたのでしょう。人間とは器用なものです。そして今日は目の前に人がいたので、私の脳が私の表情筋へ指令を送ったのでしょう「感じ良く!」ってね。

 

そんなわけで、私の表情筋は46日と10日ぶりに活動を再開。疲労困憊で、今も顔の特にほほ骨から口周りの筋肉が痛いです。鈍痛です。

 

もしかしたら、この期間のメイン言語がドイツ語に集約されていたのに、今日は一日英語を話したことも多少関係しているかもしれません。新しい言語を使い始めると、普段使わない筋肉を動かすので、最初の頃は顔が筋肉痛になるのに似ているかもしれません。おそらく二つの要素が相まって、私の口周りのたるんだ筋肉が悲鳴をあげています。家に帰って、ルームメイトと電話をくれた先生とドイツ語で会話したら、可動域に楽さを感じたので、複合的要因でしょう。きっと。

 

寂しいと思っていた、一人での自宅缶詰にも思いの外慣れていたようです。ルームメイトとは生活時間がズレているので(彼女は夜中に活動し、夕方起床)、授業をただ無言で受けて、一日無言で終わることも多々あります。でも案外、これはこれで集中できるようになっていたみたいです。

 

とはいえ、一つなんだかな、と思っていることがあります。

正直、常にオンライン状態を期待されている状況に少々お疲れ気味。授業が全てオンラインなので、情報が常にメールやらアプリやらで飛び交っていて、ちょっと返信を怠ると自分の首を締めます。毎日届く、返事必須のメールを前に「I'm ready」状態で望まなければなりません。なんだかこの異常な日々に対して、最大限ポジティブでいなければならないプレッシャーとどこかで戦ってる気さえします。医療従事者に負担をかけたくない、誰かへウィルスを運びたくない、だから最大限リデュースして、できることに励みます!オンラインで頑張ります!文句言いません、yes, I'm ready!  yes, I can! みたいな。いくらロックダウンする意味合いに納得して、家にこもっている、こもっていたとはいえ、自分の気持ちには嘘はつけないもんだなぁ。

 

ここ数日、せめて日曜日は私オフラインですとさりげなく告知したい気持ちです。

将来ソフトのアップデートに「オフライン」ボタンを作って欲しいな…メールやSNSに営業日みたいに「あっ日曜日はオフラインなんで!」って。わざわざメールとかで告知すると、モットーみたいで重たいけど、オフラインボタンがあれば、相手もあ〜そうね、ぐらいでいい意味で気にしないかなって。返事がこない時に「あっ今日オフラインなんだな」って確認してもらえるとかね。

 

スマホにアプリが並んでいるのを眺めて、これどれか一つだけ残して削除したい…と言う衝動にかられる時があります。結局、いつも、それぞれ繋がっている社会が違うので勇気が出ません。

 

せめてオンライン授業が6月末で一区切りになるといいなぁ。先生たちも私たちへの責任感という優しさで頑張ってくれているのが、ひしひしと伝わるので、夏休みだけでもカレンダー通りにやってきて、みんながこのオンライン束縛から解放されるとイイな…と言う超個人的な願望を抱いております。束縛感を感じているのは私だけかもしれませんが。いやぁ難しいです…。案外ロックダウン後の方が、これからどうなっちゃうんだろうという不安が募ってき始めて…うまいことオフラインでデトックスの程よいサイクルを見つけたい、今日この頃です。