心置きなくハグしたい。

お隣イタリアでの感染拡大に伴って、オーストリアもバタバタしています。まだ大学から正式なお知らせは来ていませんが、来週の月曜日から大学が休校になりそうです。規模の大きいセミナーやレクチャーの休校というのが一応の要請のようですが、なんだか一律閉鎖になりそうな空気が漂っていて、クラスメイトとのグループチャットも鳴り止まない…。明日には正式に大学から連絡が来ると思いますが、家で作業するために色々持ち帰らなければいけないかもしれない…っていうか家がティーンエイジャーの騒音で集中できない私はどうしたらいいのか!

 

日本大使館からも相変わらずのコロナメルマガが配信されているわけですが(ありがたや)、後半は個人にできる対策が連なっています。手洗いとかうがいとかは出来ますが、一つ非常に難しい文言が含まれています。

 

「抱擁と握手を避ける」

 

ウィーンの日常で、握手は避けられても、抱擁を避けるのは非常に難しい。私は昨日もたくさんの友達にハグされて帰ってきたし、さらなる親愛を示す頬付近でのチュッチュッも日常行事です。感染対策なんだから、徹底しろと言われても、ロボットのようにインストールできるわけもなく。もはや体が勝手に動くのでどうしたものか。

 

そして思うのです、私がもし抱擁を避けても「あぁそうだよね〜」くらいに受け取られるかもしれませんが、相手が私の抱擁を避けるのはその何倍も気を使うだろうなって。

私の身の回りでは全く起きていませんが、ニュースではコロナによる欧米でのアジア人差別が取りざたされています。保守的な地域や思想の人というのは(すごくいい言い方をすれば)一定数いるわけで、そういう街に住んでいる人の気苦労や辛い体験には本当に胸が苦しくなります。

私もコロナとは関係ないところで、アジア人差別を受けことがありますし、周りの友人たちもそういうことが自分の友達に起きているということを知っています。だから、というと、感染症とそれは関係ないのですが、でも、彼らが私の抱擁を避ける、その行為に彼らが私の何倍も意味を考えてしまうだろうなぁと思うのです。

 

そんな中、先週の土曜日に友達が日本での交換留学に出発しました。お昼にみんなで集まってランチをして、彼を駅まで見送りに行きました。たかだか半年ですが、簡単に行き来できない場所へ行ってしまうのはとても寂しいです。

 
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レコードの下がお気に入り。

ちなみ彼は現在ロシア。そう、シベリア鉄道で10日かけて日本へと向かっています。というのも、うっすらお気づきかもしれませんが、私の友人の中には環境問題に対して積極的に取り組んでいる人が多く、飛行機移動は極力しないと言うポリシーを掲げています。もちろん、鉄道や船で広範囲の移動が可能な大陸に住んでいると言うのも一つ理由としてあります。でも、だからこそ、手をつけられる人がやろう、ということなのです。そんな理由で、クラスのみんなで移動する時は基本的に電車移動だったわけです。

 

コロナの話になると、いつもこの環境問題や政治の話へと転換されていきます。

ある友人は「温暖化ですでにたくさんの生命(人間に限らず)が失われているのに、それは報道されずに、こういう自分に関係のあることでパニックになるような報道の仕方をするのに怒りさえ覚える」と言えば、他の友人は「ハーナウの事件がコロナの影に隠れて報道が少なく議論されないことの方が問題。こういう何かパニック的事象が起きると政治が右に傾く恐怖がある、怖い」と話していました。

 

私も彼女から聞くまでハーナウで何があったのかよく知りませんでした。フランクフルト郊外のハーナウで水タバコのバーを白人至上主義のドイツ人が拳銃で襲撃し9人が亡くなるというテロ行為が発生していました。容疑者は警察の極右派の活動家のリストから外れていたこと。インセル(involuntary celibateの略;非自発的独身者)で、こういう傾向の人が自分を社会の犠牲者であると位置づけ、それを理由に移民や女性に対して過激な感情を抱いたり、右翼へと思考が偏っていくこと、そして銃乱射という方法がドイツではこれまであまり例がなかったことへの恐怖。ナチス以降、人種至上主義に対して、徹底して目を光らせているにもかかわらず、今でも一定数のそういった思考者がウロウロしていることへの恐怖とそれがソフトターゲットまでに至った。コロナがなければ、確実にトップニュースとして連日扱われるべき事件です。

 

コロナパニックを大袈裟だという人もいますが、コロナによって医療現場がパンクするのを避ける必要があるのは十分理解できるので、私はやるべきことが行われ、生活が多少窮屈になるのは仕方ないと思っています。両親が持病持ちなので、コロナでICUが埋まり、治療してもらえなかったと言われて納得できるかと言われれば、できないだろうと思うからです。致死率やインフエンザと比較してお袈裟だと言うのは少し論点がずれているかなぁと思うわけで…提供できる医療には限りがあるし、医療が行き届いていない国のことを考えると経済を盾にするのもある程度の限界があるだろうとも思います。

 

とはいえ、生活していかなければいけないので。

仕事がなくなったり、学業がストップするのはコマル。

 

1日も早く収束のめどが立ち、心置きなく友人とハグできる日常に戻ることを祈り、自分にできることをするしかありません…。なんだか暗いニュースばかりで、さみしいですね。